近藤 忠
風水力機械カンパニー カスタム事業統括
『高圧ポンプってなに?』とポンプの技術者がこう問われた時に『高揚程のポンプ』と答えるのではと思いますが,その人が関わる分野によって,イメージするポンプの構造は様々ではないかと思われます。
インターネットで“高圧ポンプ”を検索すると,その用途によって容積式,遠心式で様々な構造のものがあり,さらには自転車の空気入れなどもヒットするので,特に決まった定義はなく,製作メーカがそれぞれの用途によって命名しているようです。
そもそも,ポンプは数えきれないほどの様々な分野で活躍しています。私たちの生活圏に近い代表格としては,上下水道用,農業用,洪水対策排水用等であり,これらは一般の人でも容易にポンプが使われていることを想像できるのではないかと思います。しかし,ほとんどの高圧ポンプは,これらには使われていません。
高圧ポンプの姿は,私たちの生活圏から遠く,工場見学などのコースで見られる程度です。しかし,高圧ポンプが働くことでできるものには,私たちの暮らしに密着した,なくてはならないものが多く,重要な任務を負いながら活躍しています。いわば縁の下の力持ちなのです。本稿では,エバラの高圧ポンプを少し身近に感じていただくために,その概要を紹介したいと思います。
私たちが当然のように毎日使っている電気を作り出すとき“発電用ボイラ給水ポンプ”が,又洗濯機や自動車などに使われる鉄板を生産する製鉄所では“デスケーリングポンプ”が活躍しています。
その他に,大根やニンジンなどの農作物に使用する尿素肥料を生産するプラント,プラスチックや合成繊維などの原料が作られる石油化学プラント,海水から飲み水を作り出す海水淡水化プラントなどで使われています。また,省エネに寄与する動力回収タービン(逆転ポンプ※1)があります。
これらの高圧ポンプが活躍する場所の多くでは,高圧の環境へ水や化学液を送り込むために,また圧力を使って水を流すために使われています。これらの中から,火力発電所,製鉄所,海水淡水化プラントで活躍する代表的な高圧ポンプ3件を紹介します。
※1:プラントで不要となった圧力をバルブで減圧するのではなくモータの後ろにつないだポンプに逆流させて回転を得て,モータの動力を助けて,省エネに寄与する。坂道を登る自転車の後ろを押してあげるような役割。
電気は発電機を回転させて作られます。火力発電の発電機は蒸気タービンによって回され,その高圧の蒸気は石炭やLNG等を燃料とするボイラを加熱することで作られます(原子力発電の場合は原子炉がボイラに相当します)。このボイラへ水を送り込むには,ボイラで作られている高圧の蒸気に負けない非常に高い圧力の水が要求されます。この高い圧力の水を作りボイラへ送り出すのがBFP(図1,2),原子力ではRFP(Reactor Feed Pump)です。その役割から発電設備の心臓に例えられ,非常に高い信頼性が要求されます。
図1:100万kW火力発電所内で活躍する50%容量ボイラ給水ポンプ(BFP)
図2 火力発電フロー図とボイラ給水ポンプ
私たちの身の回りにある洗濯機,冷蔵庫,自動車等の製造にも高圧のポンプが深く関わっています。
これらボディーの材料となる鉄板は,製鉄所で作られています。
1000 ℃以上に熱せられた原材料の鋼塊は,ローラ上を移動して巨大な圧延機を何度も通過しながら鉄板として徐々に厚みを薄くしていきます。
高温の鉄板表面には,酸化スケールが発生するため,これが表面に残ったまま圧延機でつぶされると,鉄板に不純物として残り美観を損ない,割れが発生したりなどで粗悪な製品になってしまいます。このため鉄板が圧延機に入る直前に,高圧水をノズルからまんべんなく噴射して鉄板表面に衝突させて,スケールを吹き飛ばしてしまいます。鉄板が圧延機に突入する度に,これを繰り返します。
この高圧水を作り出すのがデスケーリングポンプです(図3)。鉄板が圧延機を通過してしまうと噴射を止めるため,ポンプの回転はそのままで大水量からゼロ流量を繰り返す運転方法と,省エネのためエバラが独自で開発した急変速流体継手を使用して,回転速度を20~100%に急変させる方法があります。鉄板の生産量が多いときにはこの断続運転が一分間に数回にも及ぶため,どちらの場合でもポンプの使い方としては最も過酷であると言えます。
図3 鉄板製造工程とデスケーリングポンプ
中東など水不足が深刻な地域では海水を淡水(真水)に変えて飲料水などに利用します。これを海水淡水化と呼びます。
海水淡水化の方法にはいくつかありますが,主流は多段フラッシュ法と逆浸透膜(RO:Reverse Osmosis)法です。前者は海水を蒸発させてできた水蒸気を集める方法で,低圧の立形ポンプを使用します。これに対し後者は,繊維メーカが開発した特殊繊維(RO)に高圧ポンプを用いて高圧の海水を通して淡水を得る方法で,エネルギー消費が少なく,設備がコンパクトで済むため,ROの改良と相まって近年多く採用されるようになっています(図4)。日本の大型海水淡水化プラントでは沖縄県と福岡県でこの設備が採用されています。
海水を扱うため,いずれのポンプも材質は耐腐食性の高い高級ステンレス鋼を使用します。
図4 海水淡水化プラントと水平二つ割多段渦巻ポンプ
活躍している高圧ポンプの姿を見ていただくことは難しいですが,これまで説明したように生活の中で使われている多くのものを作り出すとき高圧ポンプが活躍しています。
エバラでは,これらの用途に対応した高圧ポンプをそろえていますが,ここでは高圧ポンプの基本形である4種類を表にまとめました。
発電用ボイラ給水ポンプは,小規模な自家発電ではSS型,SP型を,事業用発電ではHDB型,DC型を,原子力発電ではHDR型を採用します。
日本の事業用火力発電設備は1970年代の初期まで大形化の一途をたどり,100万kW(1000 MWと表すこともあります)でピークを迎え,BFPもそれに伴って大形化してきました。近年の中国では,66万~100万kW級の大形石炭火力発電所の建設が急ピッチで進められています。
従来のBFPは50%容量2台運転が常識でしたが,直近の中国では100万kW用100%容量1台も登場し,BFPは更に大形化しています。エバラは,2015年初め中国にこの100万kW用BFPを納入するに至りました。100%容量1台BFPプラントは,日本では50万,60万kW級で数件ありますが,100万kWではまだありません。
発電所では多くのポンプを使用していますが,その中でもBFPは最も消費動力が大きく,発電容量に対しておおむね4%程度の動力を必要とします(KS型等のブースタポンプ動力も含みます)。このためBFPの高効率化はメーカにとって永遠の課題なのです。
また,デスケーリングポンプの噴射圧力10 MPa級以下ではSP型(まれにSS型),15 MPa級以上ではHDB型(他社ではDC型相当)を採用しています。
噴射圧力が高いほど鉄板の品質が良くなるため,1990年代初期には,日本の製鉄業界ではより高品質の鉄板を供給する機運が高まり,それまでの主流であった15 MPaから30 MPa,50 MPa,さらには60 MPa(30 MPaポンプ直列運転)デスケーリングシステムを実現し,高圧ポンプもこの要求に応えてきました。
海水淡水化用逆浸透膜の一次圧力は5~7 MPaを要求されるので,SP型,SPR型等を使用します。
型式※ | ポンプ名称 | 温度・圧力限界目安 | 用途 |
SP,SPD | 水平二つ割多段渦巻ポンプ | 150 ℃,15 MPa | ボイラ給水,デスケーリング,海水淡水化,石油化学関係等 |
HDB,HSB | 横形多段二重胴渦巻ポンプ | 400 ℃,50 MPa | ボイラ給水,デスケーリング,石油化学・精製用チャージポンプ,インジェクションポンプ等 |
SSD,SS | 横形輪切多段タービンポンプ | 200 ℃,20 MPa | ボイラ給水,デスケーリング等 |
DCD,DC | 横形二重胴多段タービンポンプ | 400 ℃,35 MPa | ボイラ給水,石油化学・精製用チャージポンプ等 |
※初断片吸込:SP型,HSB型,SS型,DC型,初段両吸込:SPD型,HDB型,SSD型,DCD型
エバラのホームページやカタログなどで紹介する“高圧ポンプ”は,“遠心式横形多段”のカスタム仕様ポンプです。ポンプの仕様揚程はおおむね200~5000 mと広範囲であり,ケーシング耐圧部設計圧力は最大のもので75 MPa程度です。
ポンプの揚程高さをイメージするために,よく山の高さに例えますが,前記仕様揚程最大5000 m級のポンプであれば小水量域での揚程は約6000 mになるので,キリマンジャロ山頂(5895 m)まで揚水できることになります(図5)。今のところエベレスト(8848 m)までは及びません。
では,“高圧”とはどのくらいの圧力かというと,これも明確な定義はありません。容積式の往復動ポンプでは,100 MPa以上のものもありますが,これは頑丈な連射式水鉄砲のようなものであり,水量は極小で,エバラの“高圧ポンプ”には含めていないため,本稿では遠心式に限定しています。
最初のページに登場した写真の高圧ポンプのように,遠心式ポンプの作り出す圧力(揚程:水柱mを単位とする)を高くするためには,次のような方法があります。
イ)
羽根車の外径を大きくする
ロ)
回転速度を速くする
ハ)
そして一本の軸に羽根車を複数個配列する,すなわち多段ポンプです(図6)
図5 高圧ポンプの揚程高さ
図6 多段ポンプの構造(SS型)
高圧ポンプの活躍場所では,いろいろな技術が結集して暮らしを支えるものが作り出されています。高圧ポンプもその技術の一員として役立ち活躍することに誇りと責任をもっています。
3.11東日本大震災以降,各電力会社は深刻な電力不足に対応するため老朽化した発電所や,稼働を止めていた火力発電所の整備・再稼働によって一部電力を補っています。そこで働くBFPもまた一生懸命頑張っています。発電所の現場を訪問した際に,BFPがあれば『お前もがんばっているなあ』と軸受(本体は熱いので危険)をなでてやります。
ですから,電灯をともしたとき,水不足の地域のペットボトルに“この水は海水から作られています”と表示されていたとき,また車のボディーを触ったとき,少しだけ本稿“高圧ポンプ”を思い起こしてください。
今後読者諸氏が高圧ポンプをこのように感じていただければ,長年高圧ポンプという多くの子供たちを世に送り出してきた技術者の一人として本望です。
藤沢工場ものづくり50年の歴史
1966年頃の藤沢工場
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100万kW火力発電所内で活躍する50%容量ボイラ給水ポンプ
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