小林 真治* Shinji KOBAYASHI
山田 栄佐雄** Esao YAMADA
呉 徹** Tetsu GO
岡野 成威*** Shigetaka OKANO
望月 正人*** Masahito MOCHIZUKI
木村 謙佑**** Kenyu KIMURA
安藤 彰芳**** Akiyoshi ANDO
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生産プロセス革新統括部 製造技術室(元大阪大学大学院工学研究科)
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生産プロセス革新統括部 製造技術室
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大阪大学大学院工学研究科
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㈱荏原エリオット
溶接が抱える問題は多く存在しており,溶接変形もその一つである。溶接変形は製品としての性能や信頼性に大きく影響を及ぼすことから,変形を適切に予測・制御・低減することが近年強く求められている。そのアプローチの一つとして数値解析が挙げられる。溶接変形解析技術の向上は著しく,その適用事例は年々増加している。しかしながら,数値解析を大型・複雑形状に適用したという事例はいまだ数少ない。そこで,本稿では複雑な構造物として圧縮機用羽根車を対象に変形解析・実験を行った。その結果として,適切な熱源モデルの構築や相変態の考慮等によって,数値解析を用いて羽根車に生じる溶接変形を高精度に評価可能であることが示された。
Among many problems with welding is welding distortion. Since welding distortion significantly affects the performance and reliability of products, it has become increasingly required in recent years to appropriately foresee, control, and reduce distortion. One of the approaches to this issue is numerical analysis. As significant improvements have been made to welding distortion analysis technology, its application has been increasing every year. So far, however, numerical analysis has only been applied to a limited number of large scale and/or complicated structures. Under such circumstances, with a compressor impeller having complicated structure as a target, distortion analysis and experiment was performed. The analysis and experiment results have revealed that it is possible to evaluate welding distortion occurring to an impeller with high accuracy by using numerical analysis with the help of the construction of a heat source model and taking into account phase transformation.
Keywords: Compressor, Impeller, Welding distortion, Numerical simulation, Distortion measurement, Phase transformation, Martensitic stainless steel, Displacement of discharge width, Displacement of cover height
機械・構造物の製作において溶接は重要なものづくり基盤技術の一つである。しかし,溶接部には溶接不良や各種割れの欠陥,熱影響部組織に起因した強度やじん(靭)性の不均質,ビード止端などの形状ミスマッチ,残留応力・変形などが生じ,構造物の強度を低下させるなどの問題が生じる場合がある。これらの諸現象を適切に予測・評価・制御し,健全な溶接継手・溶接構造物を製作する必要がある。
これらの中でも溶接変形は,構造強度を低下させる場合があることに加えて,機械・構造物の製作時における組立精度に影響を及ぼすことや製品としての美観を損ねることなどから問題視されている。現在では,溶接前工程によって外的に拘束を与え溶接変形の発生を抑制する,あるいは,溶接後工程によって機械的・熱的に変形を矯正するといった対策がとられている。しかし,これらの作業を工程に組み込むことは生産工程の高効率化を阻害し,生産コストの増加を招くため,溶接変形を適切に予測・制御・低減することによって,これらの工程を省力化することが近年ますます強く求められてきている。
最近の溶接変形・残留応力の数値シミュレーション技術の向上1),2)は著しく,溶接変形を高精度に予測・評価できるようになりつつある。これは相変態3)や回復4)・再結晶などの熱サイクルに伴う材料挙動や溶接アーク物理に基づく熱源特性5)を考慮したモデリング技術の導入によるところが大きい。その一方で,実機製品やそれに近い複雑形状や大型構造をもつ対象への適用例は必ずしも多くないのが現状である。
本研究では,複雑形状を有する圧縮機用羽根車を対象として溶接変形の数値シミュレーションと実験計測を行い,両者を比較・検証するとともに溶接変形の発生特性に関して考察した。
対象とする圧縮機用羽根車は,図1に示すように,主板,側板,羽根から構成されており,機械加工によって成形された側板と羽根が一体となった部材と主板を溶接することで製作される。羽根は等間隔に13枚配置されており,それぞれの羽根の両側を仮付けした後に手溶接(溶接入熱:3.7 kW,溶接速度:3 mm/s)で計26パスのすみ肉溶接を行う。溶接順序は図2に示すとおりであり,溶接パス毎の変形発生履歴を評価するために,本計測実験では溶接終了後に室温まで完全冷却してから次のパスの溶接を行うこととした。供試材料はマルテンサイト系ステンレス鋼である。
図1 圧縮機用羽根車全体図
図2 溶接順序
圧縮機用羽根車の有限要素モデルを図3に示す。熱伝導解析における境界条件として熱伝達とステファン・ボルツマンの法則に従った熱放射を考慮し,熱弾塑性解析における境界条件として剛体移動・剛体回転だけを拘束した。数値解析に用いた材料物性の一例を図4に示す。熱サイクルに伴う相変態挙動を考慮するために,降伏応力及び線膨張係数(熱ひずみ曲線)の温度依存性を図4に示すように与えた。溶接入熱を模擬した熱源モデルは,圧縮機用羽根車の場合と同じ溶接入熱条件でのT型すみ肉溶接継手に生じる溶接部の温度履歴及び角変形を参考に設定した。溶接を模擬した入熱は,溶着金属部に長さ方向6 mmとして与え,熱効率は0.6とした。
図3 圧縮機用羽根車の有限要素モデル
図4 数値解析に用いる相変態を考慮した機械的特性
数値シミュレーション及び計測実験において評価する溶接変形は,図5に示すように,主板・側板の半径方向変形量(図中Dシリーズ)・側板落込み量(図中H)・開口部変形量(図中C)の3種類であり,それぞれの変形量の評価位置は図中に示すとおりである。計26パスの溶接パス終了ごとに変形量を評価し,その発生履歴を取得した。
図5 測定対象及び箇所
数値シミュレーション及び計測実験の結果として,まず,主板中央開口部の半径方向変形量D4はほぼ0であり,側板中央開口部での半径方向変形量D1,D3はやや拡大し,側板外周部での半径方向変形量D2はやや縮小したものの,いずれの変形量もそれほど大きくないものであった。本稿では,これらの変形よりも大きい変形量が得られた側板落込み量(H)・開口部変形量(C)について詳細に検討することとする。なお,実験計測においては,仮付け後の状態を初期形状とし,そこからの変化量を変形量と定義しており,数値シミュレーションにおいては仮付け溶接を考慮していない一体化したモデルを用いている。
計26パスの溶接に伴うこれらの変形量の推移について,数値シミュレーション結果と実験計測結果を併せて示したものを図6と図7に示す。いずれの変形の場合でも,溶接パス数に伴って変形量はマイナスに変化しており,溶接終了後の最終的な状態としては,側板は主板側に落ち込み,開口部は閉口する方向に変形するといえる。また,これらの溶接変形の発生過程については,数値シミュレーション結果と実験計測結果は定量的にもよく一致した傾向を示しており,数値シミュレーションの精度が良好であることが確認できたといえる。
図6 測定箇所Hにおける変形量の数値解析値及び実験値
図7 測定箇所Cにおける変形量の数値解析値及び実験値
これらの溶接変形の発生特性について注目して見ると,いずれの変形においても,当該測定位置に近接する溶接部を溶接した際に比較的大きな変形量を生じており,開口部変形量Cでその傾向が特に顕著である。すなわち,測定位置を挟む2本の溶接線を溶接した際に開口部が大きく閉口する挙動が明らかに見られ,当該溶接に伴う角変形に起因する変形であると考えられる。一方,その2本の溶接線の羽根に対して対称関係にある位置の溶接線を溶接した際には,開口部変形量はわずかながら開口する傾向も見てとれ,複雑形状に起因する構造全体としての変形発生挙動を示していることが分かる。側板落込み量についてもおよそ同様の傾向が見られるものの,測定位置とは離れた位置での溶接によって比較的大きく変形している場合も見られ,溶接方向の収縮に起因すると考えられる側板落込み量は,開口部変形量と比較して複雑形状に起因する構造全体のバランスを含めて複雑に変形が生じていることが示唆される。
以上のことから,精度の良い数値シミュレーションと詳細な実験計測を通して,圧縮機用羽根車の溶接変形発生特性について検討し,側板外周部が落ち込む変形と主板と側板との間の開口部が狭くなる変形が特に大きく生じることを明らかにした。今後は本数値シミュレーション手法を用いて変形低減のための設計・施工法について検討していく予定である。
本研究では,圧縮機用羽根車に生じる溶接変形の数値シミュレーションと計測実験を行い,両者の比較を通して数値シミュレーションの精度を検証するとともに,溶接変形の発生特性について考察した。得られた結論を次に示す。
(1)
本研究で実施した数値シミュレーションと実験計測によって得られた圧縮機用羽根車に生じる溶接変形は定量的にもよく一致したことから,本数値シミュレーションは良い精度を有していることが示された。
(2)
(3)
(4)
側板落込みは,溶接線方向の収縮に起因するものであると考えられるが,測定位置とは離れた位置の羽根の溶接時にも大きく生じている場合があり,複雑形状を有する構造体全体のバランスに起因する変形も生じている可能性が示唆された。
本研究における数値シミュレーションの実施に際しまして,大阪大学接合科学研究所 村川 英一教授に種々ご高配を賜りました。ここに記して謝意を表します。
1) D. Deng, H. Murakawa and W. Liang: Numerical Simulation of Welding Distortion in Large Structures, Comput. Methods Appl. Mech. Eng., 196 (2007), 4613-4627.
2) M. Shibahara, K. Ikushima, S. Itoh and T. Masaoka: Computational Method for Transient Welding Deformation and Stress for Large Scale Structure Based on Dynamic Explicit FEM, Quar. J. JWS, 29-1 (2011), 1-9. (in Japanese)
3) Y. Mikami, M. Mochizuki and M. Toyoda: Angular Distortion of Fillet Welded T Joint using Low Transformation Temperature Welding Wire, Sci. Technol. Weld. Joining, 14-2 (2009), 97-105.
4) R. Ihara, S. Okano, T. Hashimoto, Y. Mikami and M. Mochizuki: Visualization of Machining and Welding Residual Stress Variation by Numerical Simulation in Austenitic Stainless Steel, Proc. Visual-JW 2012, 1 (2012), 313-314.
5) S. Okano, M. Tanaka and M. Mochizuki: Arc Physics based Heat Source Modeling for Numerical Simulation of Weld Residual stress and Distortion, Sci. Technol. Weld. Joining, 16-3 (2011), 209-214.
溶接構造シンポジウム2014講演論文集に掲載した内容を一部加筆・修正して転載した。
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