野口 学 Manabu NOGUCHI
八鍬 浩 Hiroshi YAKUWA
金属は,鉱物に外部からエネルギーを与えることによって得られるため,通常,熱力学的に不安定な状態で使用される。そのため,いずれは鉱物の状態(酸化物や硫化物)に戻ろうと自発的に化学反応(腐食)が進行する。したがって,雰囲気(酸化剤)と完全に遮断するか,あるいは外部からエネルギーを与えて金属の状態を維持しない限り,鉱物へ戻ろうとする化学反応(腐食)を完全に止めることはできない。しかしながら,適切な材料と環境の組合せを選定するか,あるいは適切な処置を施すことによって,実用上問題のない速さにまで腐食速度を低下させて使用することができる。それが防食技術である。腐食は,装置・機器の寿命を縮めるだけでなく,予期せぬ不具合・破壊とそれに伴う運転停止,有害物の飛散などによって甚大な経済的損失及び人的被害をもたらすことがある。
また,日本における腐食損失と対策コストは,GDP(約500兆円/1997年)の約1%に相当する膨大な額となっている(Hoar方式による算出) 1)。したがって,装置・機器の健全性に加え,経済的な観点からも,防食技術の開発が重要な課題となっている。
ところで,腐食は,水溶液腐食(あるいは湿食)と高温腐食(あるいは乾食)とに大別される。水溶液腐食(湿食)は,「液体の水」が関与した腐食現象で,当社の主要製品であるポンプなど水を用いた機器の問題として多くの取組みがなされてきた。一方,高温腐食(乾食)は,「液体の水」は関与せず,高温のガスあるいは溶融塩などが関与する腐食を指し,文字どおり,高温機器の問題として注目されている。ちなみに,原子炉水やボイラ給水など,高温であっても高圧下であるがゆえに液体である水が関与する場合は,高温腐食とは呼ばず,水溶液腐食に分類される。高温腐食は,水溶液腐食と比較して全般的にその発生件数は少ないように思われるが,ガスタービンやボイラ,金属の精錬関連プラントなど,エネルギー・資源問題や温暖化防止の鍵を握る装置・機器のほとんどが対象になると考えてよい。したがって,高温腐食が発生して高温機器に不具合が生じると,種々のプラントの操業停止や,エネルギー供給不足など甚大な被害を受ける可能性がある。さらに,昨今,エネルギー問題や環境問題,資源枯渇問題などの世界的課題を解決するため,これまで以上に高温装置・機器の省エネルギー化・高効率化技術の開発が急務となっており,そのためには,常に過酷な高温腐食環境を克服する材料側の挑戦が必要とされる。そこで,今後とも社会基盤の構築や経済発展を続けるには,高温腐食を理解し,防食対策を講じることが重要な課題の一つとなる。
当社では,これまでに,廃棄物発電プラントや,石油精製プラント用動力回収タービンなどの高温腐食防食技術の開発を行ってきた。本講座では,6報連載で,これまで当社で行ってきた,環境・エネルギー関連装置の高温腐食に関わる研究開発課題を取り上げ,高温腐食を理解し,防食対策を講じるための基本的な考え方を解説するとともに,当社で経験した主な高温腐食事例及び耐食材料・防食技術の開発について紹介する。第1報,第2報で高温腐食の基礎を解説し,第3報~第6報で実環境における高温腐食と対策について紹介する。
1) (社)腐食防食協会,(社)日本防錆技術協会,わが国における腐食コスト調査報告書,p2(2001).腐食コスト調査委員会,Zairyo-to-Kankyo,わが国の腐食コスト,50,490(2001).
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