山田 勝哉
精密・電子事業カンパニー 精密機器事業部
今や私達の生活に欠かすことのできないスマートフォン・パソコンなどの電子機器をはじめ,民生・産業用製品製造における様々な分野で真空技術を利用した製品が世の中に多く存在します。その真空技術を利用するために「真空」をつくり出す機器が真空ポンプです。真空の定義,性質及びそれを利用した身近な技術・製品について説明し,当社が製造・販売しているドライ真空ポンプを紹介します。
「真空」と聞いて何をイメージするでしょうか。宇宙空間のような「何もない空っぽの状態」をイメージするかもしれません。しかし,宇宙空間であっても気体分子は存在します。日本工業規格(JIS) 1)では「通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態」を真空と定義しています。そして,図1 に示すようにどの程度圧力が低い状態かを,圧力の範囲に応じて低真空から極高真空という真空領域に分類しています。それぞれの真空領域に適した利用用途があります。
また,真空の程度は圧力で表現され,単位は「パスカル(Pa)」で表されます。通常の大気圧は1.013 × 105 Pa(=1013hPa)ですが,月まで行くと10-12 Paの極高真空になります。
図1 真空の領域と用途例
真空をつくり出すことで,その空間は様々な性質をもちます。代表的な性質として次のようなものがあります。
性質1:
真空と大気で圧力差を生じる
性質2:
酸素が少なくなるため物が酸化しにくい
性質3:
気体分子が少なく熱を伝えにくい
性質4:
圧力の低下とともに液体の沸点が下がる
性質5:
不純物となる気体分子が減少する
これらの真空の性質を利用した身近な技術・製品を以下に紹介します。
吸着パッドを対象物に当ててパッド内部を真空にし,大気との圧力差で対象物を吸着します(図2)。また,型に成形材料を吸着させて作る成形品でも型と成形材料との間を真空にしています(図3)。
図2 真空吸着
図3 真空成形
生鮮食品をポリ袋で包装し,袋の内部を真空にして封止します(図4)。これによって内部の酸素が少なくなり,食品の酸化を防ぎます。
図4 真空包装
真空にすることで気体分子を減少させ,気体分子の衝突による熱の移動を防ぎ,保温します。真空断熱タンブラや魔法瓶に利用されています。
真空下では液体の沸点が下がる性質を利用して,熱に敏感なビタミン剤やワクチンなどの医薬品製造,野菜や果物の乾燥などの食品工業で利用されています。
半導体・ディスプレイなどの電子デバイス製造工程では,不純物となる気体分子を除去し,真空下でシリコン基板・ガラス基板などに薄膜形成(成膜)と加工を行います。(詳細後述)
ここまで真空の定義,性質及びそれを利用した身近な 技術・製品について紹介してきましたが,この真空をつくり出すための機器が「真空ポンプ」です。真空ポンプは, ある空間の中の気体分子を除去する機能を有したポンプ(圧力を下げる機能を有したポンプ)と言い換えることもできます。
真空ポンプは気体分子の排出方法によっていくつかに分類されます。分類とその代表的な真空ポンプを表に示します。
気体輸送式真空ポンプは,一定体積の気体が吸気口から周期的に隔離されて排気口に運ばれる容積移送式真空ポンプと,気体及び分子に運動量を与え吸気口から排気口へ連続的に気体を輸送する運動量輸送式真空ポンプに分類されます。気体ため込み式真空ポンプは内表面での吸着又は凝縮などによって気体分子を捕捉し,ため込むことによって排気する真空ポンプです 2)。
真空ポンプの種類によって,到達真空度や排気可能なガス,メンテナンス性や価格が異なるため,利用用途に適した製品が使用されています。
分類 | 代表例 | ||
気体輸送式真空ポンプ |
容積移送式 | 往復動式 | ダイヤフラム型真空ポンプ |
回転式 | ドライ真空ポンプ油回転真空ポンプ | ||
運動量輸送式 | 機械式 | ターボ分子ポンプ | |
流体作動式 | 拡散ポンプ エジェクタポンプ | ||
気体ため込み式真空ポンプ | クライオポンプイオンポンプ |
ドライ真空ポンプは,排気するガス流路のシールに油又は液体を使用しない容積移送式真空ポンプです。このため,吸排気配管やポンプ設置エリアから油などの液体を完全に排除できるため,以下に示す特長を有しています。
(1)
油又は液体が真空側に逆拡散せず,クリーンな真空を得ることができる
(2)
吐出し側に油又は液体が排気されないことから排気側のメンテナンスが容易
(3)
油又は液体の定期交換が不要
ドライ真空ポンプは同じ容積移送式の油回転真空ポンプに比べ構造が複雑で,構成部品に高い寸法精度を要したことから発売当初は非常に高価な真空ポンプでした。しかし,生産台数の増大に伴い,VEの進展や量産効果などによって,現在では幅広い用途で気軽に利用できる真空ポンプになりつつあります。当社では1986年からドライ真空ポンプの販売を開始し,2016年12月までに累計約15万台を出荷しました。
ドライ真空ポンプは排気原理によっていくつかの種類に分類されます。代表的な種類は以下のとおりです。
(1)ルーツ形
(2)スクリュー形
(3)クロー形
(4)スクロール形
この中で当社はルーツ形及びスクリュー形の二種類を採用し,様々な製品をラインアップしています(図5)。ルーツ形及びスクリュー形それぞれの特長を活かした製品でお客様から高い信頼を得ています。
図5 当社ドライ真空ポンプ(代表例)
ルーツ形・スクリュー形はそれぞれロータの形状が異なりますが,いずれもケーシングと二つのロータの間に閉じ込めた気体をロータの回転とともに排気側へ送り出し,排出します(図6,7)。ロータとケーシング及びロータとロータの隙間は,油などの液体を用いず微小なクリアランスを維持することで気体の逆流を防ぎ,非接触でのシールを実現しています。当社のドライ真空ポンプの到達圧力は0.1~1.0Pa程度です。
図6 ルーツ形ドライ真空ポンプの排気原理
図7 スクリュー形ドライ真空ポンプの排気原理
図8 に多段ルーツ形ドライ真空ポンプの基本構造を示します。吸気口から吸入した気体は,ロータの回転によって各段で順次圧縮・移送されて排気口から排出されます。ポンプはロータ・ケーシングの他にモータ・軸受・ギヤなどで構成されています。軸受とギヤは潤滑油によって潤滑されますが,真空側へ潤滑油が拡散するのを防ぐための軸封機構が設けられています。軸封機構は排気ガスや異物の軸受・潤滑油室への侵入も防ぎます。スクリュー形はロータ・ケーシングの形状は異なりますが,基本構造はルーツ形と同じです。
図8 ルーツ形ドライ真空ポンプの基本構造
ルーツ形は高効率排気による省エネルギー化を実現しやすい特長を有しています。多段構成が容易で,排気性能を損なうことなく各段の排気容積を順次減少することで,省エネルギー化を図っています。
また,排気流路が長く,気体の逆流を抑制し易いため,水素等の軽ガスを排気する用途に適しています。
スクリュー形はポンプ内部のガス流路がシンプルであり,各種プロセスで化学反応によって生成される物質(反応副生成物)が溜まりにくいことが特長です。ロータの回転とともに反応副生成物を掻き出す効果もあるため, 反応副生成物が多く発生する用途に適しています。
クリーンな真空を必要とする電子デバイス製造では, 様々な工程で数多くのドライ真空ポンプが使用されています。これらの製造工程では,均一な厚さの薄膜形成と形成 される薄膜の品質向上のため,不純物となる気体分子の除 去が必要不可欠です。図9 は半導体製造工程の概略です。半導体製造では真空下で行われる工程が数多くあります。化学気相成長(CVD:Chemical vapor deposition)などで薄膜を形成(成膜)し,エッチング工程で薄膜を加工します。その他,図示していませんが,不純物注入・レジスト剥離の工程も真空下で行われます。
半導体製造では,微細化の進展とともにプロセス工程数が増加しており,ドライ真空ポンプの使用台数が多くなっています。このため,ドライ真空ポンプに対し排気速度の向上,各プロセスに対する長寿命化及び省エネルギー化などの要望が高まっています。当社はこのようなニーズに応えるため,各用途に適したラインアップを提供しています。例えば,窒素等の不活性ガスや空気を主に排気する用途では,小型化と省エネルギー化を追求した製品を提供しています。また,CVD などで生成する反応副生成物を含むガスや腐食性ガスを排気する重負荷用途では,気体排気時の圧縮熱を利用したポンプ内部温度の最適化,耐食材料及びコーティングの採用,モータ駆動制御の最適化などで,ポンプの長寿命化を実現しています。各用途に適した幅広い製品ラインアップの提供によって,電子デバイス製造工場における安定生産,低電力化に貢献しています。
図9 半導体製造工程
当社のドライ真空ポンプは,これまで主に電子デバイス製造の発展に合わせ技術革新を進めてきましたが,近年はそれ以外の一般産業分野にも活躍の場を広げています。
例えば,分析・計測機器では従来油回転真空ポンプが用いられてきましたが,大排気速度化による分析精度向上,分析機器周辺環境のクリーン化などから,ドライ真空ポンプが所望されています。また,医療機器,自動車産業,金属冶金産業などでも排気性能改善やクリーン化に加え,ポンプの低振動・低騒音化やメンテナンス頻度低減などの観点から,ドライ真空ポンプの適用事例が増加しています。
今後も当社は一般産業分野でのお客様のニーズに合った製品開発を行い,各用途に適したドライ真空ポンプを提供していきます。さらに,IoTの利用などで,運転状態診断機能や予防メンテナンス通知機能などの技術開発を進め,お客様にとって扱いやすいドライ真空ポンプを追求していきます。
1) JIS Z 8126-1 真空技術- 用語- 第1 部:一般用語.
2) JIS Z 8126-2 真空技術- 用語- 第2部:真空ポンプ及び関連用語.
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