中村 由美子* Yumiko NAKAMURA
杉山 和彦** Kazuhiko SUGIYAMA
高東 智佳子* Chikako TAKATOH
持田 裕介*** Yusuke MOCHIDA
今 智彦*** Tomohiko KON
本田 知己*** Tomomi HONDA
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技術・研究開発統括部 解析・分析技術部
**
技術・研究開発統括部 基盤技術研究部
***
福井大学
機械設備の維持・管理において,状態監視保全もしくはプロアクティブ保全を採用して,より低コストに機械の健全性を維持するため,油潤滑軸受の摩耗診断技術を検討した。すべり軸受の摩擦・摩耗メカニズム解明においては,実機から回収した油を参考に金属粉を混入させた模擬汚損油を作成し,ブロックオンリング試験で金属粒子混入によるしゅう動面への影響を調べた。また,潤滑油診断法の検討では,潤滑油のISO清浄度コードとメンブランパッチの色から,潤滑油状態と機械状態を診断できる新たな指標を提案した。また,現場で実施可能な新たな潤滑油分析方法の開発を行った。
To improve maintenance of machinery and equipment, we studied wear diagnosis technologies for oil lubricated bearings that include condition-based maintenance or proactive maintenance to maintain their soundness at lower cost. To identify friction and wear mechanisms for sliding bearings, we created simulated polluted oil mixed with metal particles with reference to oil collected from an actual machine, and conducted the block on ring test using this oil to examine how metal particles affect sliding surfaces. Studying lubrication diagnostic methods has allowed us to propose a new index that can diagnose lubricant and machine conditions from the ISO cleanness code of the lubricant and the membrane patch color. Furthermore, we have developed a new lubricant analysis method that can be used on site to detect changes in bearing conditions at early stages through periodic inspection.
Keywords: Lubricant, Bearing, Diagnosis, Wear, ISO code, Membrane patch, On-site, Condition-based maintenance, Proactive maintenance
大型機械設備や産業用機械の維持・管理において,従来は,過去の故障履歴等から定期的な点検・整備を実施する時間計画保全(TBM:Time-based maintenance)が多く採用されてきた。しかし,TBMを実施する場合,故障リスクの低減を第一とする必要から,点検・整備の計画がやや過剰となる傾向にあった。そこで近年では,ユーザから故障リスクの低減とメンテナンスコストの削減が求められており,機械の健全性を確認しながら早期に異常の傾向を察知して整備計画をたてる状態監視保全(CBM:Condition-based maintenance)へと移行している1)。さらに最近では,より能動的に機械設備の故障の根本原因を特定しそれらを除去することで,機械設備の劣化遅延・長寿命化を図るプロアクティブ保全(PRM:Proactive maintenance)が提唱されている。プロアクティブ保全を人間の健康管理にたとえると,重篤な心筋梗塞などを未然に防ぐために,成人病の一因となる血中コレステロールを監視して対策を講じることに対応する。機械についても同様に,機械本体の振動や温度といった故障の兆候の検知だけでなく,潤滑油の流体特性や潤滑油中の劣化因子(酸化生成物,固形異物,水分等の特徴的な値)の傾向を監視し,劣化の根本原因を除去する対策が必要となる2)。
図1の,一般的なしゅう動面の摩耗劣化カーブと診断法の関係3)に示されているように,機械の摩耗状態が悪化した場合に,より早期に変化が捉えられるのは潤滑油分析であると言われており,潤滑油診断がCBMやPRMといった保全にとって重要であることがわかる。
図1 Degradation curve and diagnosis methods of mechanical machinery<sup>3)</sup>
社内外からの潤滑油診断技術に対する要求が高まる中,荏原製作所では,潤滑油中の摩耗粉の成分分析は実施していたが,「潤滑油診断」についての知見は少なかった。
一方,福井大学では,潤滑油をろ過したフィルタの色で潤滑油の劣化状態を診断する「メンブランパッチ法」の開発を行うなど,潤滑油診断の研究実績があった。
当社の研究開発目標に福井大学の知見と技術が合致し,すべり軸受の摩耗メカニズム解明と,油潤滑軸受の劣化予見手段の構築を目指した共同研究を開始した。
本研究においては,油潤滑軸受の固体接触に至る予兆となる現象,要因を探究,油潤滑軸受の劣化予見手段の構築を目指している。本稿では,主な実施項目から以下の3点について紹介する。
①すべり軸受の摩擦・摩耗メカニズム解明
②ISO清浄度と色を使った潤滑油の診断指標構築
③オンサイト型金属摩耗成分分析法開発
油潤滑軸受劣化の予兆となる現象・要因を探究するには,境界潤滑から固体接触に至るメカニズムを潤滑油劣化とトライボロジーとの相関として解明する必要がある。
摩耗は摩擦による固体表面部の逐次減量現象と定義されており4),温度や湿度などの環境因子,表面形状や表面粗さなどの材料因子,荷重やすべり速度などの力学的因子が互いに影響して発生する複合的な現象であるため,摩耗量の予測は困難であるといわれている。これまで笹田による凝着摩耗における摩耗粉の生成過程5)やLimとAshbyによる鋼の摩耗形態図6)などの摩耗機構の研究が行われてきたが,これらの研究は無潤滑下や新油中を対象としているため,産業用機械やエンジンなどの実機の潤滑油中における摩耗粉の混入や潤滑油の酸化によるしゅう動状態を再現できていない。
潤滑油の劣化は,基油や添加剤の「酸化」と摩耗粉や砂塵などの混入による「汚損」の2つに大別され7),汚損に注目した先行研究では,硬質粒子のみや一種類の粒子のみを混入させて摩擦摩耗試験を行ったものがある8)が,実機油には,硬質粒子や軟質粒子など多様な粒子が混入している。
そこで本研究において,まず実機油の汚損状態を調査し,模擬的に軟質粒子混入油,硬質粒子混入油,軟質粒子+硬質粒子混入油を作製し,摩擦摩耗試験を行った結果,混入粒子の種類や硬質粒子の粒径,形状によって摩耗形態が異なることを明示した8)~10)。
試験方法としては,すべり軸受を想定した試験片を軸受材料であるホワイトメタルWJ2と軸材料であるステンレス鋼SUS420J1Qとし,模擬劣化油には,WJ2と鉄粉の摩耗粉を混入した。しかし,しゅう動面に付着したWJ2が混入したWJ2粉なのか,試験片のWJ2が摩耗した摩耗粉が付着したのか区別できないことが判明した。そこで,WJ2粉と硬度が比較的近いアルミニウム(Al)を混入した潤滑油を用いた摩擦摩耗試験を行い, 摩耗面の断面観察を行うことで接触面における粒子混入状態と摩耗挙動を詳細に調べた11)。
摩擦摩耗試験にはブロックオンリング摩擦摩耗試験機を用いた。ブロック試験片にはすべり軸受材料WJ2,リング試験片には軸材料SUS420J1Qを用いた。両試験片は共にバフによる鏡面研磨を施した。試験形態の概略を図2に示す。本試験は,潤滑油中にて一定速度で回転するリング試験片の側面に,一定荷重でブロック試験片を押付けてすべり摩擦させる一方向すべり摩擦摩耗試験である。試験はオイルバス内の潤滑油にしゅう動部が浸された状態で行った。潤滑油はローラーポンプを介してアクリル製のオイルバス内を循環させた。試験条件を表1に示す。
試験片間のすべり距離に伴う潤滑状態の変化を監視するために接触電気抵抗法を用いた。油膜の絶縁破壊を避けるために試験片間に印加する電圧は100 mV以下が望ましいとされているため12),印加電圧を91.5 mVとした。接触する2面間に十分な油膜がない完全接触の場合は電気抵抗が0 Ω,十分な油膜がある電気的絶縁状態の場合は約156 kΩとなる。
図2 Schematic view of test pecimens
Load,N | 50 |
Sliding velocity,m/s | 1.0 |
Sliding distance,m | 1000 |
Lubricating oil | Turbine oil VG46 |
Oil temperature,℃ | 23±2 |
Kinematic viscosity,mm2/s @23 ℃ | 104 |
模擬汚損油の作製は,ポンプのすべり軸受で使用された実機油6検体のISOコード13)を参考に,最も劣化が進んだ油の汚損度(ISOコード21/21/19)に合わせるように作製した。(ISOコードは潤滑油1 ml中の粒子の個数に応じて番号を割り当て,その番号から潤滑油の汚染度を判定する規格である。)この時,実機油及び模擬汚損油に含まれる粒子の粒度分布は,オフラインパーティクルカウンタ(HIAC/ROYCO Model 8000A)を用いて,潤滑油10 mL中に含まれる粒子を計測した。模擬汚損油作製に用いた金属粉の二次電子像を図3に示す。鉄粉Aは球形,鉄粉B,WJ2粉,Al粉は不定形である。ポリプロピレン製の容器に新油20 mLと各種粒子を混入し,超音波清浄器を用いて30分間拡散させた後,試験開始直前にオイルバス内へ滴下した。
図3 SE images of particles
レーザ顕微鏡による摩耗面の観察結果を図4に示す。WJ2油ではWJ2粉の付着や凝着摩耗による凹部が見られ,鉄粉A油ではアブレシブ摩耗による条こんや鉄粉の埋没による凸部が観察された。鉄粉A+WJ2油においては,条こんやWJ2粉の付着,凝着摩耗による凹部が見られた。鉄粉AとWJ2粉が同時に摩耗面入ることにより、鉄粉がWJ2に多く埋没することが確認された。また,球形の鉄粉Aと比較して不定形からなる鉄粉Bはしゅう動面に入り難いため鉄粉の埋没量が少なく,転がって2面間に入り込んだこん跡が観察できた(図5)。
鉄粉A+WJ2油の凹部のEDX分析結果を図6に示す。EDX分析結果から凹部の周囲には鉄粉が埋没しており,レーザ顕微鏡の画像から鉄粉埋没部は周囲よりも高くなっているため,その部分にWJ2粉が付着することで真実接触点が形成されて,凝着による脱落が発生したと考えられる。これらの結果から,鉄粉がブロックとリングの2面間に入り込み潤滑状態が過酷化した場合もブロック材であるWJ2が鉄粉を埋収し,なじみが進行すること,また,鉄粉の埋没箇所には優先的に凹部が形成することが推察できる。
さらに,鉄粉+Al油を用いた試験で得られた試験片断面の二次電子像とEDX分析の結果を図7に示す。鉄粉A+Al油の断面観察から鉄粉がWJ2ブロック表面に埋没することで隙間が生じていることがわかった。また,表面に付着したAl粉がブロック内部に入り込んでいた。これはせん断力によりWJ2ブロック材とともに塑性変形しながらブロック内部に入り込んだと考えられる。
WJ2粉を混入させた場合にもAl粉を混入させた場合と同様な粒子の混合状態になっていると推察される。
図4 Laser images of worn surface of WJ2 block
図5 SE image and laser image of WJ2 block
図6 SE images and EDX mappings of WJ2 block (Iron particles A + WJ2 oil)
図7 SE images and EDX mappings of WJ2 block (Iron particles B+aluminum particles oil)
硬質粒子として鉄粉を,軟質粒子としてWJ2粉,Al粉を混入させて作製した模擬汚損油中でブロックオンリング摩擦摩耗試験を行い,汚損粒子混入下での潤滑摩耗機構を考察した結果,以下の結論を得た。
(1)
汚損油のISOコードが同程度でも,汚損粒子の違いによりすべり軸受材料WJ2の摩耗機構は異なる。
(2)
摩耗に対する鉄粉の作用機構は3通りある。①鉄粉が滑るように二面間に入り込み,WJ2ブロックに条こんを発生させる。②鉄粉がほとんど滑らずにWJ2ブロック中に埋没する。③鉄粉が二面間を転がりながら進む。鉄粉が埋没する際,鉄粉とWJ2ブロックの間に隙間が生じる。
(3)
混入させる軟質粒子がブロック材料と同種金属の場合,軟質粒子付着部のブロック内部でせん断破壊が生じやすく,ブロック材料とともに脱落することで凹部が形成される。
(4)
混入させる軟質粒子が相互溶解度の低い異種金属の場合は,軟質粒子付着部のブロック内部でせん断破壊が生じにくいため,ブロック材料が粒子とともに脱落しにくく,凹部が小さく,浅くなる。
潤滑油分析は機械の運転状態を適正に保つために実施されるが,2つの目的がある。一つは,油自体を適正な状態に保つ交換時期の決定のために,油の劣化状態を診断する項目であり,もう一つは,機械状態を適正に保つ部品交換や保繕の時期決定のために,機械状態を診断するという項目である。前述のとおり,近年の保全方式の動向は,機械の運転状態をリアルタイムで監視し,適切な時期に保全を実施するCBMに移行しているため,現場の作業員がその場で機械の運転状態を適切に診断できる手法の開発が望まれている。その一つとして,これまでの本田らの研究により14)~16),光の三原色であるRGBを用いて,油をろ過した後のメンブランフィルタ(以後,メンブランパッチ)の色を調べる潤滑油診断法が提案された。メンブランパッチの色と潤滑油中の汚染物質との関係性から,潤滑油の劣化度と劣化要因を推定できることが明らかにされている。
本研究において,さらにこの診断法を酸化と汚損が混在した環境下で使用されている機械設備の状態監視に広く適用するため,潤滑油の劣化要因を区別でき,かつ機械しゅう動面の摩耗を監視し予測できる診断法の開発を目指したのでここに紹介する。
本試験に用いるろ過装置は防塵用蓋,シリンダ,フラスコ,真空ポンプから構成される。ろ過装置の概略を図8に,ろ過に用いたメンブランフィルタの表面及び断面を図9に示す。シリンダとフラスコの間に外径25 mm,厚さ0.125 mm,孔径0.8 μmのセルロースアセテート製メンブランフィルタを取り付け,試料油25 mlをシリンダに注入し,真空ポンプを使用して真空引きを行うことで,試料油をメンブランフィルタでろ過した.ろ過面積は約227 mm2であり,1 mlあたりのろ過面積は約9 mm2/mlとなる。ろ過残渣により色の付いたメンブランパッチから石油エーテルをシリンダの壁面に沿わせて流し,メンブランパッチ中央部の油分を取り除いた後にシリンダを外し,50 ℃に設定したホットプレートにパッチを乗せて石油エーテルを再度滴下後10分間乾燥させた。
図8 Filtering equipment
図9 Magnified images of the membrane filter
メンブランパッチの色を定量的に測定するために色相判別装置(CPA:Colorimetric patch analyzer)を用いた。図10に測定原理を示す。CPAはメンブランパッチの表面と裏面から白色光を投射し,その反射光と透過光から色パラメータ(RGB値)の色差ΔERGBを測定する装置である17)。反射光はメンブランフィルタ表面に捕捉された汚染物の色情報を取得し,透過光はメンブランフィルタ表面及び内部に捕捉された汚染物全体の色情報を取得することができる。ここでは,透過光で測定したΔERGBをTΔERGB,反射光で測定したΔERGBをRΔERGBと表記する。RGB値はR,G,Bがそれぞれ0から255までの256階調に表され,白が(255,255,255),黒が(0,0,0)である。最大色差(MCD:Maximum color difference)はRGB値の2色間の色差の最大値であり,主に潤滑油の劣化要因と関係が深いことが分かっている14)。ΔERGBはR,G,B及びシアン,マゼンタ,黄,黒,白の3次元立体における白からの距離であり,式(1)で表される。ΔERGBは潤滑油の劣化度の判定に用いられる。
図10 Measurement principle of the membrane patch color by the CPA
実機油及び模擬劣化油に含まれる粒子の粒径分布は,オフラインパーティクルカウンタ(HIAC/ROYCO Model 8000A)を用いて,潤滑油10 mL中に含まれる粒子の粒径を計測した。粒径の測定区分は,≧4 μm,≧6 μm,≧14 μm,≧21 μm,≧38 μm,≧70 μmとした。ISOコードは潤滑油1 ml中の粒子の個数に応じて番号を割り当て,その番号から潤滑油の汚染度を判定する規格である13)。ISOコードの増加は油中に含まれる粒子数の増加を意味し,摩耗の促進につながるとされているため,潤滑油の汚染度管理基準として重要視されている。ISOコードは4,6,14 μm以上の粒子数からそれぞれ番号を割り当てるため,NAS等級18)と比較して各粒子径が全体に占める割合を把握しやすい特徴がある。
実機における潤滑油の劣化状態を把握するため,ポンプを対象として,使用環境や使用時間の異なる工業用潤滑油23サンプルに対して一般的な油分析,ろ過試験及びオフラインパーティクルカウンタによる粒子計測を行った。
23サンプルのメンブランパッチ作製後,EDXによる表面分析と色相分析をした結果,23サンプルは大きく3種類に分類されることが分かった。その代表的なメンブランパッチの色パラメータとEDX分析の結果を表2と図11に示す。
No.1のメンブランパッチではTΔERGBが最大値に近い値であり,油の劣化度が極めて高いことがわかる。パッチ表面に捕捉されている物質のEDX分析においてCu,Fe,Snといった金属元素のピークが検出されたことから,捕捉物は摩耗粉であり,劣化要因は摩耗粉による汚損であると推察される。
No.2のメンブランパッチでは透過光,反射光どちらによる測定でも,ΔERGBは200程度,MCDは50程度であった。パッチ表面の捕捉物のEDX分析では,C,O,Cu,Feのピークが検出され,金属元素と酸化生成物が混在しており,劣化要因は酸化と汚損の両方であると考えられる。
No.3のメンブランパッチではΔERGB,MCDともに高い値であった。透過光によるMCDでは2のパッチと同程度の値であるが,ΔERGBが高い値をとる場合MCDは低くなる傾向にあるため,ΔERGBの値が高いサンプルの中ではこのサンプルのMCDは相対的に高い値であるといえる。EDX分析では,パッチ表面の球状の物質からCとOのピークのみが検出されており,この物質は酸化生成物であり,劣化要因は酸化であると考えられる。
これらの分析結果から,実機における潤滑油の劣化状態は,酸化,摩耗粉による汚損,酸化と摩耗粉による汚損が混在した状態の3つに大きく分けられることがわかった。また,過去に実施した模擬劣化油による摩擦摩耗試験の結果から,混入粒子の種類や硬質粒子の粒径,形状によって摩耗形態が異なることや,酸化生成物単体では摩耗が促進されないことが判明している8)~10)。そこで,機械しゅう動面の摩耗を監視するためには単に潤滑油中の粒子数だけではなく,潤滑油が何によって汚染されているかを捉えることが必要と考え,新しい評価パラメータを考案し,それらを用いた潤滑油汚染形態図の作成を試みた。
ここで,a,b,cはISOコード(a/b/c)に対応し,≧4 μmの粒子数のコードをa,≧6 μmの粒子数のコードをb,≧14 μmの粒子数のコードをcとする。例えば,ISOコード(22/21/17)の場合,Icは式(2)より48となる。
この式からわかるように,全体の粒子数が多いほど,また4,6,14 μmそれぞれの粒子径以上の粒子の数の差が小さいほどIcの値は大きくなる。つまり,しゅう動面の摩耗状態監視の観点からは,Icの増加は摩耗粉の総数の増加,大きな摩耗粒子が占める割合の増加を意味する。また,汚染粒子の混入という観点からは,Icの増加は汚染粒子の総数の増加,大きな汚染粒子が占める割合の増加を意味し,いずれの観点からも,機械故障の危険度を示す指標となり得る。
図12に反射光で測定した最大色差と汚染度指数Icとの関係を示す。図中のプロットの色はメンブランパッチ表面の色を表している。従来では各粒子径のISOコードを別々に比較しなければならないため異なる試料油間の区別と汚染要因の判別が難しかったが,Icを用いることで各粒子径のISOコードの違いを1つのパラメータで表すことができ,試料油間の汚染度の区別が容易になった。また,Icと最大色差を複合化することで,粒子数の変化が酸化と摩耗粉による汚損のどちらに起因して生じたかを最大色差の値から区別できるようになり,これらのパラメータを用いることで油の汚染度と汚染要因を簡便に判別できるようになった。
図13に透過光,反射光それぞれで測定したΔERGBの差とIcの関係を示す。透過光を用いることでメンブランパッチ内部に捕捉された汚染粒子の色情報が得られることから,4 μm以上を測定対象とするISOコードでは判別できないメンブランパッチ内部に捕捉される0.8 μm未満の粒子の影響が確認できる。同じ程度のIcでもΔERGBの差が大きいものが多数ある。仮に,Icが小さい場合でもΔERGBの差が大きい油には0.8 μm未満の微細な粒子が多く含まれていることを提示してくれる。Icと最大色差,ΔERGBの差それぞれに適切なしきい値を設けることで,対象とする機械設備に応じた潤滑油管理と汚染原因の特定が行えると考えており,この技術をさらに高度化することで油潤滑表面の摩耗予測につながると期待している。
以上のとおり,ISOコードとメンブランパッチの色パラメータの複合化は,潤滑油汚染診断の高精度化に有用であることがわかった。
表2 Example of membrane patches in actual degraded oil
図11 SE images and EDX mappings of membrane patches
図12 Relation between contamination index and aximum color difference
図13 Relation between contamination index and the difference of ΔE<sub>RGB</sub>
機械しゅう動面の摩耗監視・予測技術の確立を目指し,まず実機油の劣化状態を調べ,それらを参考にして作製した模擬劣化油中で摩擦摩耗試験を行い,潤滑油の劣化と摩耗現象との関係について調べた。その後,実機油と模擬劣化油の汚染粒子数をISOコードで整理し,メンブランフィルタの色との関係を調べた結果,以下の結論を得た。
①
ポンプのすべり軸受を対象として,使用環境や使用時間の異なる実機で使用した同一銘柄の工業用潤滑油23サンプルの劣化状態を調べた結果,酸化,摩耗粉による汚損,酸化と汚損が混在した状態の3つに大きく分けられることがわかった。
②
これまでの知見をもとに,ISOコードを用いた新しい評価パラメータである汚染度指数Icを考案し,Icとメンブランパッチの色パラメータを組み合わせた潤滑油汚染形態図を提案した。その結果,試料油間の汚染度の区別が容易になり,油の汚染度と汚染要因を簡便に判別できるようになった。
潤滑油分析は機械の運転状態を適正に保つために実施されるが,2つの目的がある。一つは,油自体を適正な状態に保つ交換時期の決定のために,油の劣化状態を診断する項目であり,もう一つは,機械状態を適正に保つ部品交換や保繕の時期決定のために,機械状態を診断するという項目である。機械状態の診断に限定して考えた場合,より重要であるのは金属摩耗粉量の分析である。潤滑油中に含まれる金属摩耗粉の総量として捉えても良いが,より望ましくは,各金属成分ごとの量を把握することにより,損傷部位を推定することである。
また一方で,潤潤滑油分析によって機械状態の健全性を維持管理する上で,構造や使用条件の異なる機械に対し,ある一点の閾値で管理することが難しい場合が多く,各機械について定期的に潤滑油を抜き取り分析して,傾向管理をすることが有効であると考えられる。
我々は,現場の点検作業者等が簡易な道具や装置のみで実施できる,潤滑油中金属摩耗粉成分の分析法について検討した。
潤滑油中の金属摩耗粉量を現場で,蛍光エックス線装置のような高価な装置を使わずに計測する方法として,呈色反応を利用する。潤滑油中に浮遊,あるいは,沈殿している金属粒子を分析するために,以下の手順で実施する。
①潤滑油のフィルタによるろ過
②フィルタ上残渣の洗浄と乾燥
③フィルタ上残渣の酸による溶出
④金属イオンの呈色反応による検出と定量
滑油をろ過するため,図14左のように,潤滑油を吸引した状態のシリンジの先端に,シリンジフィルタを装着し,ろ過を行った。この時,ろ過時の圧力損失を軽減させる目的で,潤滑油を有機溶剤で希釈して粘度を低下させた。フィルタの孔径は,目的に応じて0.45 μm,0.8 μmなどを選択できる。
ろ過後のフィルタを洗浄するため,シリンジを一旦取り外し,油分の除去を行った。この時,シリンジ内には潤滑油を溶解,洗浄することが可能な有機溶剤を適量充填しておき,先端にろ過実施済のフィルタを図14と同様に装着した。また,フィルタ洗浄後,シリンジを取り外して空気を吸い,フィルタに取り付けて空気を流し,フィルタ内の液体を除去,乾燥させた。
フィルタ上のろ過残渣に含まれる金属摩耗粉を溶出するために,シリンジに希塩酸もしくは希硝酸を充填し,金属の溶出を行った。この時の酸溶出液は,これまでにフィルタを通過させた潤滑油や有機溶剤とは別の容器に採取した(図14右)。
図14 Pretreatment steps for measurement Filtration of collected oil(Left)Acid elution of metal on the filter(Right)
酸溶出液中の金属イオンを検出,定量するための手段として,以下2つの方法を実施した。
①水質検査用の試験紙による比色法
半定量イオン試験紙QUANTROFIX(Macherry Nagel社製)を用いて,比色法による定量を実施した。
②呈色試薬の添加による吸光光度法
鉄イオンの呈色試薬としては,o-フェナントロリンを使用。銅イオンの呈色試薬としては,バソクプロインを使用した。発色後の溶液は,吸光光度計による吸光度測定を実施した。
ある現場でポンプ2台のメンテナンスを実施した際に採取した,1号機(No.1)と2号機(No.2)の軸受潤滑油について実施した結果について以下に示す。すべり軸受の材質から,検出される可能性のある摩耗金属成分は主に鉄,銅,錫であると考えた。より簡便な方法として,呈色反応には,これら金属イオン用の半定量イオン試験紙を使用した。前述の手法により溶出した直後の液に,試験紙を浸した結果を図15に示す。また,クロスチェックのために,同じ潤滑油についてSOAP法で分析した結果を表3に示す。
試験紙による半定量結果とSOAP法による定量結果を比較すると,試験紙でも,ある程度金属成分の量を測定できていることがわかった。特に鉄では,10 ppmと20 ppmの差を見分けることが可能だった。しかしその一方,錫では1 ppmと5 ppmの差を見分けることはできなかった。
以上から,イオン試験紙を使った分析では,金属摩耗粉の成分と濃度の半定量値を知ることができることがわかった。軸受等の潤滑油が黒く濁った時に,現場で直ちに実施すれば,その原因を推定することができ,また,定期的に少量の潤滑油を採取していれば,急激な摩耗量の増加を現場で検知することが可能であると考えられる。
しかし一方で,比色による半定量では,金属濃度のわずかな変化を検知することができないため,しゅう動部の摩耗状態のわずかな変化を捉え,故障の兆候を検知するには,さらに精度の高い分析方法が望ましいと考えられる。
図15 Quantification results of metal concentration (indicated by ion test papers)
No.1 | No.2 | ||||
Fe | Cu | Sn | Fe | Cu | Sn |
10 | 0 | 5 | 20 | 0 | 1 |
より正確に金属濃度を測定する方法として,呈色試薬を添加して溶出液を発色させた後,金属濃度を吸光光度測定により測定する方法を考えた。今回は,運転中に軸受不具合が発生し,黒く濁った潤滑油を対象として,鉄と銅について分析することにした。
まず,標準液を用いた検量線の作成を実施した。
呈色試薬は,鉄イオンに対してはo-フェナントロリンを,銅イオンに対してはバソクプロインを用いた。
また,o-フェナントロリンによる鉄イオンの発色,及びバソクプロインによる銅イオンの発色には,それぞれpH調整とイオン価数の調整が必要であるため,緩衝剤として酢酸アンモニウムを,還元剤として塩化ヒドロキシルアンモニウムを用いた。
以上により実施した鉄の検量線を図16に,銅の検量線を図17に示す。
どちらも,0.1 ppmから10 ppmまで,直線性の良い検量線が得られた。
この方法を用いて,採取した潤滑油について分析を行った結果を表4に示す。比較のため,XRF法で測定した結果を比較として示した。鉄については多少の差が見られるが,銅については両者の値が一致した。
500 nm付近の波長で測定が可能なモバイル型の小型吸光光度計を使うことにより,現場で定量性の良い測定が可能と考えられる。
なお,ここでは示さないが,錫についても,呈色試薬としてヘマトキシリンを用いることで,同様に吸光光度法による定量分析が可能である。
図16 Calibration curve of iron ion
図17 Calibration curve of copper ion
Fe | Cu | |
XRF | 26.1 | 39.8 |
吸光度 | 18.1 | 39.8 |
今回検討した手法により,ポンプなどの機械設備が設置された現場において,少量の潤滑油を採取し,含有する金属成分の濃度測定を簡易な器具や装置の持ち込みで実施できることがわかった。
鉄,銅,錫など,しゅう動部に使用されている金属種について,本手法を用いて定期的に潤滑油中の濃度を測定し,しゅう動部の摩耗状態を監視することは,新設,既設を問わず,機械のCBMを実施するために有効な手法となり得ると考える。
本研究により,これまでに以下の知見,成果を得た。
①
実機から採取した潤滑油の分析結果から,使用中に生じる潤滑油の劣化状態は,酸化,汚損,酸化と汚損が混在した状態の3つに大きく分かれることを示した。
②
模擬劣化油を用いた摩擦摩耗試験の結果から,潤滑油の劣化診断において重要なのは油中の汚染粒子の数や大きさではなく,種類であることを示した。
③
ISO清浄度コードとメンブランパッチの色パラメータを複合化した新たな診断方法を開発した。この方法を用いることで,試料油間の汚染度の区別が容易になり,油の汚染度と汚染要因を簡便に判別できるようになり,潤滑油の劣化状態をより詳細に診断できることを示した。
④
潤滑油中の金属摩耗粉量をオンサイトで分析できる,新たな手法を開発した。この手法を用いて,現場で定期的に摩耗粉の種類と量の監視をすることは,機械状態の悪化傾向を早期に発見し,適切なCBM実施のために有効である。
今後は,実機や試験機を用いた機械学習を実施し,解析結果を援用した油軸受異常診断法の構築を目指す。また,摩耗メカニズム解明は継続して実施し,摩耗発生の起点となる現象・要因を明らかにするとともに,軸受診断パラメータ選定の科学的根拠を示す。
また,オンサイト型金属摩耗粉成分分析では,現場作業員が容易かつ安全に扱えるようなキット化が課題である。
客先により良いアフターサービスを提供するために,油潤滑軸受の劣化予測技術を構築し,機械設備の効率的かつ安全な維持・管理に役立てたいと考えている。
1) 中村 由美子,高東 智佳子:潤滑油中金属摩耗粉量の簡易分析法検討,第16回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集,pp81-83(2017).
2) 本田 知己:潤滑油分析の意義と役割,潤滑経済 2011年10月号 pp2-6(2011).
3) 倉橋基文,澤雅明:製鉄所におけるトライボロジー管理と寿命予測,トライボロジスト Vol.39,No.7,pp596-603(1994).
4) 一般社団法人日本トライボロジー学会編:トライボロジー辞典,養賢堂,p253(1995).
5) 笹田 直:凝着と摩耗,潤滑,潤滑 Vol.24,No.11 pp700-705(1979).
6) S. C. Lim and M. f. Ashby: Wear Mechanism Maps, Acta Mettallurgica, Vol.35, No.1, pp.1-24 (1987).
7) 本田 知己:潤滑油劣化診断の診断の現状と動向,トライボロジスト,Vol.59,No.6,pp.330-336(2014).
8) 尾崎 友哉,本田 知己,北原 瑛貴,中村 由美子,高東 智佳子:模擬劣化油中でのWJ2すべり軸受材料の摩擦摩耗特性,第14回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集,pp98-100(2015).
9) 持田 裕介,本田 知己,中村 由美子,高東 智佳子:模擬劣化油中でのWJ2すべり軸受材料の摩擦摩耗特性,第15回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集,pp62-65(2016).
10) 今 智彦,本田 知己,中村 由美子,高東 智佳子:ISO清浄度コードとメンブランパッチの色に基づいた潤滑油汚染診断法,日本機械学会論文集,Vol.83,No.856(2017).
11) 持田 裕介,本田 知己,中村 由美子,高東 智佳子:すべり軸受材料WJ2の潤滑摩耗機構の解明,第16回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集,pp114-119(2017).
12) 川村 益彦:電圧印加法による潤滑膜の動的観察,潤滑,Vol.24,No.6,pp.331-336(1979).
13) 日本工業規格:JIS B 9933: 2000(2000).
14) Yamaguchi T., Kawaura S., Honda T., Ueda M., Iwai Y. and Sasaki A.: Investigation of oil contamination by colorimetric analysis, Lubrication Engineering, Vol.58, No.1, pp12-17 (2002).
15) Sasaki A., Aoyama H., Honda T., Iwai Y. and Young C. K.: Tribology Transactions, Vol.57, No.1, pp1-10 (2013).
16) 今 智彦,本田 知己,佐々木 徹,松本 謙司:タービン用無添加鉱油の酸化過程とメンブランパッチの色との関係,トライボロジスト,Vol.61,No.10,pp709-715(2016).
17) 本田 知己,岩井 善郎,佐々木 徹:油状態監視方法および油状態監視装置,特許第5190660号(2013).
18) Aerospace industries association: Cleanliness requirements of parts used in hydraulic systems, NAS 1638 1964 edition (1964).
藤沢工場ものづくり50年の歴史
1966年頃の藤沢工場
縁の下の力持ち 高圧ポンプ -活躍場所編ー
100万kW火力発電所内で活躍する50%容量ボイラ給水ポンプ
RO方式海水淡水化用大容量、超高効率高圧ポンプの納入
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