小笠原 敦
滋賀医科大学 医学研究監理室 室長
バイオメディカル・イノベーションセンター 特任教授
1990年代前半頃まで,日本と米国のGDPはほぼ人口比の規模で成長を続けていた。しかしバブル崩壊後,日本の経済成長は横這いが続いているのに対し,米国は1990年代の勢いからさらに加速してGDPを増大させている。
その違いを日米の企業の投資行動から分析すると,米国では1990年代には無形資産への投資が有形資産投資を上回っているのに対し,日本では2000年代に入って現在に至るまで,有形資産投資が無形資産投資を上回る状態が続いていることがわかる。
有形資産による付加価値は,主に設備投資によって製品の価値を高めることで得られ,「ものづくり日本」を標榜した戦略の中では最もポピュラーな戦略であった。しかし有形資産による付加価値創造には限界がある。製造によって得られる付加価値は,出来上がった製品の価値と投入したコストとの差分になることから,新興国のように為替レートも低く,労働コストが低い方が有利になる。そのため米国では有形資産投資による付加価値創造戦略は,経済力が強く為替レートの高い先進国,労働コストが高い先進国では成り立たないとして,無形資産投資による付加価値創造戦略にシフトしたのである。
さてここで気になるのは,有形資産投資から無形資産投資への流れが製造業を捨てることになるのか?という点である。無形資産投資の本質は,人的資本,研究開発投資,IT・ソフトウェア投資等であり,知的財産やブランドは勿論の事,コミュニケーション基盤等も含む。そして近年最も注目されているのは,データ資産や知識・知能といった,ビッグデータ・ディープラーニング/AI時代に大きな価値を持つ資産でもある。
アップルのスティーブ・ジョブズも,起業した当初は高度な技術で高い処理能力を持ったコンピュータを開発したが,それは全く売れなかった。やがて彼は人々が望んでいるものが高い技術ではなく,それによって何が実現できるのか,どんな新しい世界を切り拓き,創りだしていくのかにあることに気づく。製品や技術は時間とともに陳腐化していくが,新たに実現された概念やサービスは,ベースとなる製品や技術が変化しても時空を超えて残り続ける。無形資産の価値とは,そのようなものである。
これは2000年代初頭に米国で生まれたサービス・サイエンス,サービス・イノベーションの概念と重なる。
サービスの性質は,
1.無形性:有形物ではない
2.同時性:生産と消費は同時に行われる
3.不可分性:生産と消費を分離できない
4.消滅性:ストックすることができない
5.不均質性:常に一定ではない
等からなる。正に無形であり,サービスを受ける側の状態によって要求量も異なり,そのタイミング,時間によっても変化し,事前に在庫としてストックしておくこともできない。
無形資産投資を中心とした経済社会での戦略とは,従来の製造業が戦ってきた有形資産投資を中心とした経済社会とは全く異なるものである。
現在の米国で株価時価総額の上位企業は,GAFA:グーグル(Google),アップル(Apple),フェイスブック(Facebook),アマゾン(Amazon)に代表されるように,データを集積し,分析し,サービスを提供する企業である。
近年の非常に速く変化する市場,消費者の動向を膨大なデータを集積して分析していく。そしてそれに適合したサービスを創出し,提供していく。そこでは消費者との間で,同時性,不可分性,消滅性,不均質性を考慮したビジネスモデルが構築されている。
日本では製造業とサービス産業との間に大きな隔たりがあり,製造業からは別世界との感覚で考えている者も多いが,その境目も徐々に崩れつつある。
私が現在いる医学の世界においても,新たな医薬品を開発できるのは巨大な資本力と研究開発能力,過去からの膨大な化合物資産を持つメガファーマであると考えられてきた。しかし近年,膨大な論文データを集積,分析し,医薬品の新たなターゲット分子を探索するアプローチが注目されつつある。10年後には創薬大手の一角にグーグルが入ってくるのではないかとの予測もなされている。
バーチャルデータの世界からリアルの世界への新たな展開,無形資産の世界から有形資産の世界への新たな展開が起きつつあるのである。
このような動きを捉えて,ドイツではIndustry4.0,米国ではGEを中心としたIndustrial Internet,日本ではSociety5.0戦略として打ち出しているが,その対応を早急に進めていく必要がある。
荏原製作所は水ビジネスにおいても環境ビジネスにおいてもサービスと一体となった戦略が進んでおり,日本の製造業の変革の先陣を進んでいる感があるが,より一層その流れに対応していくためには,人材の発掘と育成も急務である。
データ分析に関わるデータサイエンティストや,サービスのデザインを行う人材は新たに確保していくともに,育成していかなければならないが,従来のハードウェアに関わる人材の発想の転換も必要となっていく。
最初にも述べたように,製品の製造によって得られる付加価値は,出来上がった製品の価値と投入したコストとの差分であるとの認識から,より高度な技術を開発して製品の付加価値を上げるという発想になったり,コストダウンを徹底して付加価値分を多く取ろうとする発想になったりというケースが多い。
そうではなく,スティーブ・ジョブズが気づいたように,その製品・技術によって何が実現できるのか,どんな新しい使い方や市場・社会が想像できるのか,そしてそれはその製品・技術が陳腐化しても持続し続けるのか,そのような事を深慮できる人材が求められている。
それはオープンに異分野融合をできる人材でもあり,さらには技術分野だけでなく,サービスやリース,保険,金融,PPPやPFIといった仕組みまで融合してビジネスモデルを提案できる人材でもある。
無形資産投資を中心とした経済社会でも発展できる企業としての基盤構築を期待したい。
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