田中 秀治
博士(工学)
東北大学 大学院工学研究科 ロボティクス専攻 教授
役得と聞くと,少し後ろめたい類のおいしい話を想像するかもしれない。仕事に関連して,有名人と知り合えたり,一般公開していない場所に連れて行ってもらったり,専門家から詳しい話を聞いたりといったことは,私達が思い描くありがちな役得ではないだろうか。大学教員について言えば,新型コロナウイルス感染症が猖獗する前に,様々な国際会議や顧客との打合せのためせっせと海外出張していたことは,毎回,とんぼ返りだったにせよ,役得だったかもしれない。なお,近年,私も毎月のように海外出張するような生活を送っていたが,ここ半年間,海外どころか国内出張もしていない。
私が大学教員の役得だと思っていることは,もちろん海外出張ではない。そもそも海外出張が大学教員の役得で,それがなくなって寂しいという話では,歴史あるエバラ時報の巻頭言にはとてもならない。大学教員の仕事は教えること,しかも,多くの場合,大人相手に教えることであり,ここでは,社会への発信機会に比較的恵まれていることが役得であるという話をしたい。
今やインターネット検索エンジンを使って,誰でもいつでも大量の情報にアクセスできる。オンライン本屋がお薦めの図書や関連図書を紹介してくれるのは当たり前だが,既に論文誌すらも同じ機能を備えている。したがって,誰でも数珠繋ぎにどんどん情報を得られるわけで,多くの知識を持っているだけでは,もはやそれは強みにならない。知識をどのくらい使えるかが重要というわけである。こんなことは,居酒屋で上司からされる「またか」と思うトップ10に入るような話だろう。しかし,そんな上司もそれができるかというと,必ずしもたやすいことではないのではないか。そこで,恥を忍んで私のやり方を紹介したい。
もったいぶるような,たいした話ではない。人に教えること,つまり発信を想定または想像して,勉強するというだけである。人に教える形態は,講演でも,講義でも,執筆でも,コンサルティングでもよいが,まとまったものがよい。趣味で作っている専門的なブログなどはこれにうってつけであろう。日々,入ってくる情報について,あれに使えるのではないかと思いながら読み聞きするだけで,頭の中に取り出せる形で整理がなされる。また,情報を発信するときは,ストーリーやコンセプトが重要であるから,発信を意識すれば,勉強の際,自然とそれらを考えることになる。時間や分野が離れた情報の間に独自のストーリーやコンセプトを見出せたときは,誰でも入手できる情報に新たな付加価値を加えた瞬間である。そして,その瞬間,きっとニューロンのシナプスが繋がるのだろう。知識はより確かなものになる。
私の役得の1つに,ある大手報道出版社のインターネットサイトに継続的に寄稿させて頂いていることがある。講演会に出席しても,つい次はどんな話題を寄稿しようかと思いながら講演を聞いてしまうが,内容の理解と整理にとってそれは有効である。セッション後,講演者に聞くべき鋭い質問もおのずと出てくる。同じ講演会に出席していた方から,私の記事を読んで,「あの話はそういうことだったんですか」と言ってもらえたら,狙い通り既存情報に独自の付加価値を加えられたということになる。また,コロナ禍の前には,年間のべ約200社の相談に乗っていたが,論文を読んでも,講演を聞いても,この情報はあのお客様に役に立つかもと考える癖が付いてしまった。これも頭の中での情報の整理や関連付けに一役買っており,役得だと思っている。
博士課程学生向けの担当講義に「近代技術史学」という科目がある。技術や産業の系譜について講義するこの科目では,何を話題にしてもよいわけであるが,取り上げる話題を探すことは,楽しみにすらなっている。たとえば,休暇でたまたま訪れた資料館や博物館,あるいはちょっとした記念碑からすら,新たな発見をすることは少なくない。講義の話題を探していなければ,きっと見過ごしてしまうだろう。家族と一緒に行くと,いつまでたっても小さな資料館から出てこないので,いつも呆れられてしまうのだが。それをきっかけに図書や論文を読んだり,また別の場所に出かけたりして知識が広がり,ストーリーやコンセプトができ上っていくのは,仕事を超えて何とも楽しい。これも役得だと思っている。
まとめれば,アウトプットを想定または想像しながらインプットするのがよいということである。このように一般論にしてしまうと,ハウツーもののビジネス書の見出しに出てきそうなフレーズだが,大学教員の職業病のような具体例になるほどと思って頂ける部分が少しでもあれば,幸いである。博覧強記で有名な方は,須く様々な発信チャンネルを持っている。私はそこに博覧強記たるコツがあると思っている。そのような方々の真似は無理でも,インターネットを用いて誰でも容易にアウトプットできる時代である。趣味で何らかのブログを持つだけで,頭の働き方を変えるきっかけとなるのではないだろうか。
最後に,私の研究者としての原体験は,1995~1996年に荏原総合研究所でさせて頂いた修士論文研究である。したがって,今回,エバラ時報に執筆機会を頂戴したときはとても嬉しかった。荏原製作所グループの皆様に心から感謝します。
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