髙栁 秀樹 Hideki TAKAYANAGI
知的財産・品質保証統括部 知財技術・契約部
当社では世界金融危機後に特許出願数が減り知財活動の危機を経験したが,知財活動の見直しを行う機会になり,特許出願数も回復させることができた。知財活動の目的は事業活動から得られる利益を最大化することである。我々はそれに基づいた新たな知財価値評価の考え方を構築し,出願数だけでなく質も高められるよう,知財ポートフォリオ管理,リスク管理,情報分析,協創といった観点で知財活動の向上を図ってきた。本稿では知財価値評価の考え方や,知財戦略や業務改善を含む知財価値評価の活用状況について述べる。
A crisis of intellectual property (IP) activities in Ebara Corporation came out after the economy crisis in 2008 due to decrease of the number of patent application. At that time, we reviewed the IP activities and modified them; the number of patent applications subsequently recovered. The object of IP activities is maximization of the profits from business activities. We have established a new philosophy for evaluating IP criteria, and since have been trying to improve our IP activities not only in number, but also quality from different points of view, such as IP portfolio management, IP risk management, information analysis and collaboration. This paper describes the idea of IP evaluation and its utilization, including IP strategy and improvement in business operations.
Keywords:Intellectual property, IP evaluation, Evaluation of invention, IP activity, IP portfolio management, IP risk management, IP strategy, Improvement in business operations
荏原製作所は,1912年に東京帝国大学の井口在屋博士の優れた渦巻きポンプ理論に基づく製品を世に出すため創業された。これは同時に,特許第21092号等の製品化であり,創業時から知的財産と深いつながりを有していた1)。以来100余年にわたり「熱と誠」の創業の精神の元,高い技術力を基礎とした社会への貢献を実現するために事業を営み,また同時に活発な知財活動を行ってきた。
ただし,ここ10数年を振り返ると,2008年の世界金融危機後に全社技術者の知財マインドが低下するという危機を経験し,現在はそこから回復し,さらには発展させつつあるという状況にある。当社において知財価値評価をどのように考え,知財戦略にどのように組み込み,その運用のためにどのような体制や,改善機構を取り入れたかについて紹介する。
当社の現在の知財価値評価を含む知的財産活動を紹介するにあたり,その前提となる事業構成や知財活動の変遷を述べる。
当社は社内カンパニー制を導入し,風水力機械カンパニー,環境事業カンパニー,精密・電子事業カンパニーの3つがある。各カンパニーの主要事業は次の通りである。
風水力機械カンパニー:
ポンプ,コンプレッサ,タービン,冷熱機械,送風機の設計・製造
環境事業カンパニー:
都市ごみ焼却プラント,産業廃棄物焼却プラント,水処理プラントのエンジニアリングと設備管理
精密・電子事業カンパニー:
真空ポンプ,CMP装置,めっき装置,排ガス処理装置の設計・製造
北米,南米,欧州,中国,東南アジアの世界各地域に製造拠点を有し,グループ全体の売上の50 %超が日本国外での売上になっている。
製品は全てBtoBであり,設置使用場所から一般の不特定多数の目に触れることはほぼなく,また比較的小型のポンプ(標準ポンプ)を除いて競合製品の入手や構成の把握は困難なものが多い。したがって,特許等については,他者の侵害行為の把握や立証が難しい。また,いずれの事業についてもその業界として,クロスライセンスを含む特許等のライセンスイン/アウトはあまり盛んではない。
図1に2004年度以降の当社の日本国内特許出願の推移を示す。2003年以前は年間で600~700件の特許出願を行っていたが,事業状況等もあって2006年度まで出願数を減らしていき,翌2007年度に約250件と出願数が落ち着いたように見えた。しかし,2008年度半ばのリーマンブラザーズの破綻に端を発した世界金融危機により,2009年度にかけて当社の事業状況が急激に悪化し,出願数を急激に減らすとともに大量の権利放棄を行った。
図1 荏原製作所の国内特許出願数の推移
翌2010年度には,全社の研究開発投資は回復したものの特許出願数は減少の勢いを止めることができず,特許出願数は更に減少してしまった。会社全体として特許をはじめとした知的財産に手間と金を投資するというマインドが薄らいでしまっていた。そのような中ではそれまでと同じような活動のままでは更に出願されなくなってしまうという危機感があり,知財活動を見直し,組立て直す機会となった。
危機的に減ってしまった特許出願数を回復させるため,まずは「数も力なり」掲げ,出願要否の判断基準(発明の事業上の有用性や特許性)を意識的に下げることにした。さらに知財部員は積極的に発明者をサポートし,出願報奨金の増額を行い,出願しやすい環境を整えた。「数も力なり」は社内の各カンパニー,各事業部に順次展開していき,この結果,2011年度から2015年度にかけて,約4倍の出願数を達成した。この「数も力なり」の活動は,知的財産価値という観点では,全体の平均価値はともかくとして,数で全体価値を確保するとともに,価値ある発明を出願せずに取りこぼすことの無いようにする施策であった。
数が回復すれば,次は質の向上である。「Who is the infringer ?」として,競合を強く意識した出願,権利化のキャンペーンを実施したり,当社が機械メーカであると同時に「EBARA is software vendor.」として,制御やソフトウェアに焦点をあてた出願を促進させたりと,発明を多面的にみることでさらに有用な権利とする施策を打った。また,同時に,後述するように事業に役立つ知的財産とは何かという観点で発明評価を組みなおして,事業別の知財戦略に組み込み,各発明,出願を評価に応じて取り扱う体制を整えつつある。
当社は,2020年に「E-Vision2030」として2030年までの経営ビジョンを定め,「技術で,熱く,世界を支える」をスローガンとして掲げている。また,2011年に策定した中期経営計画E-Plan2013から投下資本利益率(ROIC)を重要経営指標と定め,その向上を目指している。
「技術で」とあるように技術で差別化し,事業で利益をあげていくには,知的財産(ノウハウ,特実意)の運用が必須であり,差別化した優位性を知らしめ維持するためにこれまで以上に商標を含むブランディングが重要になると考えている。また,経営指標となるROICは図2に示す翻訳式が良く知られており2),知的財産活動においてもこの翻訳式に沿った活動改善が求められる。大枠としては,無駄に保有している特許等の放棄や業務改善を進め(滞留している資源の圧縮),事業に貢献し得る価値の高い特許等の取得やクリアランスの確保を行い(必要な経営資源の拡大),当社だからできる製品やサービスをお客様に提供し事業利益を最大化するサポートを行っていくことになる。これらの効率化を図り改善していくためには,事業に貢献し得る価値の高い特許等がどのようなものであるかを適正に評価していく必要があるだろう。
図2 ROIC翻訳式(「OMRON統合レポート2019」P. 38より)
荏原製作所における知的財産活動は,事業活動を円滑にして事業から得られる利益を最大化することを主目的とし,それによりROICを高めて企業価値を押し上げようとしている。知的財産権の出願から維持管理までのポートフォリオ管理,他者権利による知的財産リスクの管理,IPランドスケープのような分析・提言,ライセンスイン・アウトといった渉外という知的財産活動を大きく分けたそれぞれの活動について,その目的と知財価値評価がどのように関連するかについてまとめる。
当社では,知的財産権のライセンスを事業としてはとらえていないため,知財ポートフォリオ構築・管理の目的は,他社との差別化による製品競争力強化,競合からの訴訟リスク低減,新興企業の市場参入牽制であり,これらに資する権利群を必要最低限のコストで構築,維持することが求められる。
この管理をするためには,事業や製品群別の知財ポートフォリオを特定し,それぞれに要するコストに対して,その知財ポートフォリオの活用により事業上の収益が向上しているかを見なければならない。しかし,事業上の収益額と知財ポートフォリオの良否にはある程度以上の相関が推定されるものの,事業や製品群ごとに個別の知的財産以外の要素が大きく影響するため,知財ポートフォリオのみの適切な貢献度を算出するのは困難であり,当社ではそれは現実的ではない。それに代えて,上述の当社における知的財産活動の目的にどれだけ合致する知的財産権であるかを評価し,これを事業への貢献として扱い,管理運用に用いている。
ポートフォリオの管理とはいえ,実際の業務は,出願,権利化,権利維持といった,個別の権利/出願単位(または,ファミリー単位)に対するものであり,評価もその個別単位で行うことになる。そして,それら評価の集合がポートフォリオ全体の評価となり,これに基づいて管理運用を行う。
事業上,最大の知的財産リスクは,他者権利の侵害による差止である。特に当社は産業機械の製造販売を主たる事業としており,顧客企業は当社製品を使用して事業を行っており,差止の影響は非常に大きい。差止の影響を避けるため,SDI(キーワードや技術分野などの条件をあらかじめ指定しておき,その条件に該当する新たに発行された特許文献を定期的に配信する仕組み)による競合特許等の継続監視や,開発要素別のクリアランス調査を実施している。また,「2.1 知財ポートフォリオ管理」で触れた自社権利による競合からの訴訟リスク低減も重要視している。競合の視点で(といっても,当事者にはなれないので推測にはなるが)脅威となる知的財産権を価値あるものとして評価することで,リスク低減に寄与すると考える。具体的な業務は,出願の権利化になるため,知財ポートフォリオ管理における発明評価にそのような競合視点での評価を組みこむことになる。
知財情報及び非知財情報の分析とそれに基づく事業方針などの提言活動は,IPランドスケープと呼ばれ多くの企業で盛んに行われるようになってきている。当社でも,事業上の具体的な行動を起こす前に,知財からの情報発信によりその具体的行動の決定に寄与することを目的として,一般にはIPランドスケープと呼ばれるような活動を知財プロアクティブ活動と呼称し,数年前から活動している。
また,ライセンスイン・アウトの活動は,当社ではこれまであまり盛んではなかった。しかし,研究開発部門がEOI(Ebara Open Innovation)を掲げて大学をはじめとした外部機関との共同研究を積極的に展開し,且つ,成果を出しており,知的財産による協創という枠組みで,共同研究とその成果を足掛かりにして,また更には,共同研究を足掛かりにすることなく知的財産そのものを対象に外部との関係構築を展開しようとしている。
知的財産の価値評価というと,一般的にはコストアプローチ,マーケットアプローチ,インカムアプローチといった手法が知られているが,これらは特定の知的財産群の金銭価値を評価するには適していても,社内の知的財産活動を評価し改善するためには,その指標としては扱いが難しく,これらとは異なる評価が必要となる。一方,当社の事業がほぼ全てBtoBであって,CIマーク(社章等の企業を象徴するシンボルマーク,ロゴ)以外の商標出願は少なく,評価対象となる知的財産のほとんどが特許であることから,知的財産の価値評価は発明の価値評価となる。発明評価の基本的考え方について整理する。
発明評価に利用し得る主たる項目や評価のタイミングは,2011年の知財管理 No.7に掲載された「発明の評価方法と評価データ活用に関する研究」におおよそ網羅されている3)。評価項目については,これに権利活用方針の観点を加えて,いくつかの評価項目を含む評価観点として整理すると表1のようになる。
評価観点 | 評価項目 |
公開可否 | ノウハウとするか否か,侵害発見可能性 |
権利内容 | 侵害回避困難性(代替技術有無),侵害立証容易性,製品に占める割合 |
特許性 | 新規性,進歩性 |
有効期間 | 権利満了までの残り期間 |
市場性 | 市場規模,自社のシェア,他社のシェア |
実施可能性 | 自社実施可能性,他者実施可能性 |
他者の行為 | 情報提供・無効審判等のアクションの有無,受賞歴,引用 |
権利活用方針 | Open&Close上の位置づけ |
侵害発見容易性を侵害発見可能性と侵害立証容易性とに分けた。前者は可能性の有無であり,発見可能性がないならノウハウとするしかなく,後者は立証の難易の程度であり,立証が容易なほど権利として使いやすく価値が高くなる。他者の行為については,これらが多い方が,競合を含む(可能性のある)他者が当該特許を気にしている,または,注目しやすくなるため,それら他者に対する牽制効果がより得られやすくなるという項目である。
また,評価のタイミングとしては以下が挙げられており,それぞれのタイミングで異なる評価項目を用いることが提案されている。
・出願時
・審査請求時・拒絶応答時
・登録時・維持年金納付時
・ライセンス時
・社内褒賞時
当社でも,上記の内,出願時,維持年金納付時,および,社内褒賞時に,先に述べた評価項目を利用している。それぞれのタイミングで定められた異なる評価項目の組合せで評価を行うことで,出願の要否,維持年金支払いの要否,褒賞額の決定を行ってきた。
2011年,当社の知財活動の移り変わりで言えば,世界金融危機後に出願数が下げ止まらず,出願数を増やす対策をしていた頃,発明評価を見直して出願から維持年金納付まで継続して個別の特許について価値の変化を把握できないかという検討を行った。出願されたばかりの特許から登録されて権利期間も少なくなった特許までを統一的な評価基準で価値評価することにより,事業や製品群別の知財ポートフォリオの価値を比較し,また,推移を監視することにより,経営層に事業判断,経営判断に資するものとして提示できるはずという考えだった。また,評価基準を統一することにより,どのような発明技術が価値ある特許となるのかを技術者がより理解できるようになり,出願の促進につながるのではないかという考えもあった。
この検討時には,試験的に実際の当社の特許に対して価値評価を行ったが,その際の評価項目を表2に示す。項目1,2は,権利内容と実施可能性の評価観点からの評価項目で,項目1が自社視点からの評価,項目2が他社視点(推測)での評価となる。項目3は権利活用方針,項目4,5は市場性の評価観点からの評価項目でそれぞれ市場規模と自社のシェア(計画)となる。項目6と項目10も権利内容の評価観点からの項目で,項目7は特許性の評価観点を権利の状況に置き換えた項目となる。このように,「3.1 評価項目」で挙げた評価観点をほぼ網羅したものとなっている。
評価項目 | |
1.発明が実施不能となった場合の影響 | 6.侵害立証の容易性 |
2.他社が実施可能となった場合の影響 | 7.権利の状況(出願,公開,登録) |
3.侵害行為に対する対応強度 | 8.権利の共有有無 |
4.製品/サービスの市場性 | 9.残存期間 |
5.事業(計画)の規模 | 10.発明が製品/サービス全体に占める割合 |
そして,これらの評価観点の安定性を確認するために,当社の異なる事業分野からそれぞれ様々な状況(出願間もないものから権利満了近くまで)の特許を対象として,発明者(もしくはそれに近い技術者),事業部門の部課長,知財の担当者の三者に個別に評価を行ってもらった。図3は,上述の項目1~4(それぞれを4段階で評価)について発明者,部課長,知財の回答の一致,不一致を示したものである。三者一致(三者すべての回答が一致)は全体の27 %しかなく,三者がそれぞれ異なる回答を行った三者不一致が同程度の21 %も存在した。また,上述の項目5,事業(計画)の規模は,金額を回答してもらったのだが,これも,三者で大きく異なっていた。同じ発明に関わるはずの三者の間でもこれだけ評価者間での結果に差が出てしまうのでは,安定して信頼に足る評価結果を得ることは困難であり,試行した評価手法は,事業・経営に資する情報としては全く利用できないことがはっきりした。発明評価の見直しを根本から考え直さなければならなかった。
図3 三者(発明者・部課長・知財)による評価の一致不一致
評価試行から得られた知見は,評価のばらつき(誤差)をなくして信頼性のあるものとするために適切な評価者が評価しなければならないこと,また,評価項目を増やしてもそれらを総合した評価点はばらつきの中に埋もれてしまうため,評価項目は極力少なくした方がよいことがわかった。
当社における知的財産活動の目的は事業活動を円滑にして事業から得られる利益を最大化することであって,この目的にどれだけ合致するかが評価されていればよい。現状では,①評価対象発明の自社事業における位置づけ,②評価対象発明の競合(他社)における位置づけ,③評価対象発明の市場(顧客)における位置づけという3観点に整理してそれらの組合せにより事業に貢献できるものかどうかを評価している。
自社事業における発明の位置づけは,考慮すべき項目として,自社の実施可能性,他社との差別化技術であるかどうか,また,そのような差別化技術の代替となる技術かどうか等が挙げられる。発明の競合(他社)における位置づけでは,競合の製品・サービスに適用可能な技術かどうか,競合が同様の技術課題に取り組んでいるかどうか,また,競合が既にその技術課題に対する技術を確立しているかどうか,更に,他社から情報提供等のアクションを受けたかどうか等の項目を考慮することができる。最後に,発明の市場(顧客)における位置づけは,発明の解決する技術課題を市場や顧客がどれほど重視しているのか,発明の提供する手段が市場や顧客にとって魅力的なのかどうか等の項目が挙げられる。各観点でこのような項目を考慮して総合的な評価を付与するが,どのような項目を重視すべきかが事業環境や事業方針によっても異なってくるため,評価の基準/閾値は事業によって調整を行う場合がある。自社,競合,顧客という観点は,マーケティングにおける3C分析と合致しており,事業部門の評価者にとっても比較的理解しやすい。また,当社の風水力機械カンパニーの取り扱うポンプ等は技術的にかなり成熟しており,「技術のコモディティ化により,知財戦略は機能しなくなる」という技術のコモディティ化理論4)に当てはまる製品も多い。そのような製品群に対して自社,競合,顧客の3観点で発明を評価することにより,競争力向上に寄与しない特許を減らし,他方で,コモディティ化からの脱却のカギとなる発明の抽出が可能になると考えている。
なお,一般的な発明評価の観点,項目は,これら以外にも前項までに述べた通り数多く存在する。他の評価観点,項目をどのように考えるのかについて,または,どのようにそぎ落としたのかについて,以下に説明する。
公開可否の観点については,ノウハウとして秘匿すべき発明かどうかという観点になるが,「全ての発明に対してノウハウだから出願よりも価値が高い(またはその逆)」という命題は必要十分条件でもなんでもなく,ノウハウとするか出願するかということ自体が価値を表すことはない。公開可否は,単に個々の発明の価値をより高められるのが出願とノウハウのどちらの手段かということであり,発明が事業に貢献し得るかどうかという発明の価値の優劣を指し示し得る観点ではない。なお,公開可否の判断が非常に重要なのは言うまでもなく,発明の価値評価とは別に基準を設けて判断している。
特許性の観点では特許性(特許権が無効とならずにその行使が認められる確実性とも言い換えてもよい)の高い方が,具体的には,出願されただけよりも公開された方が,公開よりも登録された方が権利行使という点でより価値が上がるのは間違いがない。また,多くの適切なIDS(Information Disclosure Statement:情報開示陳述書)を提出して登録されたり,無効審判を起こされたうえで特許性が確認されたりといった発明の方が権利としての安定度が高まることも間違いない。しかし,発明評価をポートフォリオ管理に活用する場面で,ある拒絶理由を受けている発明(当然に登録前)について未登録であることをもって,他の登録済みの発明より価値が低いから拒絶理由には応答しない,と判断することはあり得ない。一方,出願から登録されるまでに,請求項の補正により権利範囲が変更されることはあるが,その間のいずれの時点における請求項も,その時点で把握している公知例に対して最低限特許性を主張できる請求項となっているはずである。つまり,ポートフォリオ管理における各判断時(出願要否,権利化継続可否等の発明評価を活用するタイミング)においては,その時の当社が特許性の存在を信じる請求項のまま評価することが理にかなっており,特許性の主張できないものや過度に構成要件を付加したものを評価する必要はない。したがって,特許性とは,その時々の請求項の安定性を表し得るものの,発明評価における独立した観点とはならない。
有効期間の観点では,残存期間が長いほど権利としての価値が高くなるということは一般論として理解しやすい。残存期間の長さで価値が高まるのは,将来における価値を現在における期待値として合算するからであり,一般に残存期間が長いほど価値が高いというのは,将来にわたって発明の価値が変わらず存在し続けることが前提になっているように思われる。しかし,事業環境や事業方針により当該事業にとっての発明の価値は不変ではなく,大きく変動するはずであり,ディスカウントキャッシュフローのように将来の事業計画に基づき(個々の発明の将来における位置づけを推測し),割引率も考慮したうえで評価するのであれば信頼性は高くなるだろうが,そのような評価を個々の発明すべてについてきちんと行うのは労力の点から困難である。事業環境,事業方針が比較的きちんと把握できる範囲(長くても3年程度だろう)における評価を行い,適時に更新するというのが現実的だと考えるし,そのようにすれば,有効期間は基本的に(残存期間が1,2年以下の場合を除いて)評価観点として考慮しなくてもよいことになる。なお,基礎研究の成果などは製品開発とは異なり5年,10年先に事業利用されるかどうかも予測ができないことも多い。そのような成果に基づく発明は現時点の評価ではなく想定する5年後,10年後の事業への貢献がどうかという評価を行うことになる。
権利活用方針の観点は,言い換えればOpen&Close上の位置づけであって,ライセンス可能としていざという際のクロスライセンスでリスク低減するものなのか,他社には絶対実施させないコア技術なのかといった観点になる。この観点も,公開可否の観点と同様に,発明の活用をどのようにしたらより事業への貢献度が増すかということであって,発明の価値評価とは別に管理したほうが良いものと考える。
発明の権利内容の観点の内,製品に占める発明の割合は,発明に該当する箇所の製品全体に対する原価割合が利用されることが多い。発明が製品のごく一部であって原価に占める割合が小さくても,差別化に寄与したり,市場でアピールできたりするのであれば,その発明は事業にとって重要な発明になる。つまり,製品に占める割合は発明の価値評価の指標としては適さない。更に,差別化への寄与度や市場でのアピール性については,発明の自社事業における位置づけ,発明の市場(顧客)における位置づけで評価することができるため,製品に占める割合は発明評価の項目とする必要はない。
市場性の観点では,評価対象発明の市場(顧客)における位置づけは評価するが,市場規模や自社のシェア,他社のシェアといった数値については考慮しない。これらの数値は,発明自体の特性ではなく事業環境や事業計画によるものである。そして,個々の発明の相対評価を比較する範囲,つまり,ポートフォリオ1つの大きさを比較的狭い事業や製品群に限定することで,これらの数値が同一または大きく変わらない範囲とすることができるはずであり,数値自体を発明評価に取り込む必要がなくなる。
他者の行為の観点には,引用という項目がある。被引用数による特許の価値評価は様々に提案され,市販の評価ツールとして販売されているものもいくつもある。近年では,そのような評価結果をIR用の資料に掲載している企業も散見されるようになり,社会的に一定の信頼性を有する評価となっている。しかしながら,被引用は公報が発行されてからしばらく経過しなければ生じず,公開前発明は評価しようがない。知財ポートフォリオ管理においては,外国出願を含む出願要否,審査請求要否,米国等の審査着手が早い国における拒絶理由対応等は,公報発行前や発効後1,2年以内に行う必要があり,被引用情報は発明の競合(他社)における位置づけの観点では利用しない。
発明評価は知財ポートフォリオ管理において各種判断に利用される。発明が届け出られた時から権利が登録されるまでの評価観点をそろえることで,評価者がそれぞれの判断時点で異なる様々な評価観点や項目を理解する必要をなくし,安定して信頼性の高い評価結果が得られることを期待している。また,事業環境や事業計画の変化,請求項補正/訂正に際しては発明評価も追従して変化させなければならないため,比較的短い間隔で評価の見直しを行えるようにしている。具体的には,発明届出時,外国出願検討時,審査請求要否判断時,拒絶理由応答時等があり,半年から2年程度の間隔で評価を見直すことができ,ファミリ単位で考えれば(大半のファミリは分割出願等も多くなく,ほぼ同様な請求項で権利化される),半年から1年もしくはそれ以下の頻度で評価見直しの機会があり,事業環境や事業計画の変化には十分対応できると考えている。
評価の変化により権利化継続不要,維持年金支払い不要となった場合には,他の事業や製品群のポートフォリオに移す必要がないかを確認,または,提案する。
知的財産活動の目的が事業活動による収益の最大化に貢献することであれば,知財戦略は,その目的を達成するためにどのような枠組みで,どのような人員が,どのような基準や考え方に基づいて,どのような業務を行うかという,具体的な仕組みや方針になる。ここまで述べてきたような,「技術で,熱く,世界を支える」という全社スローガンのもと,知財ポートフォリオ管理,知財リスク管理,情報分析,協創といった枠組みを持ち,自社,競合,顧客という評価観点を定め,その評価結果等に基づき業務を行うというのは,全社の知財戦略を構成するものである。そして,社内の様々な事業や製品群は,それぞれに事業環境や方針が異なるため,事業別,製品群別知財戦略といった,より個別の事業,製品群に寄り添った知的財産活動方針を立案,運用することになる。
事業別,製品群別の知財戦略を立案する上でまず行うのは,その事業や製品群を取り巻く知財状況がどのようになっているのかの調査と分析になる。調査分析対象とする競合を特定し,当該事業や製品群に関連する特許等の集合を抽出し分析対象とする。普段からSDI等を活用して,分析対象を過不足なく抽出できるようにしておくことが望ましいが,その体制ができていなければ,知財戦略立案を機にそのような体制構築を行う。
分析対象の集合に対しては個々の特許に分類や評価を付与する。分類はその事業や製品を構成する部位や特徴部分とすることが多く,その事業や製品の強みと弱みを知財的に分析するには必須であり,分類体系が整理されていない場合は知財戦略立案を機に整理を行う。対象とする集合が非常に大きい場合はテキストマイニングによりキーワードを付与するツールをうまく活用してもよい。評価については,自社分は上述の3観点での評価が付いているので,競合の特許について少なくとも競合の観点(競合企業にとっての競合(=荏原製作所)から見た評価,つまり,当社にとっての脅威度)で評価を行うことが望ましく,より望ましくは加えて顧客の観点での評価も行うことである。自社分の評価から競合や顧客の観点での評価だけを抜き出して比較すれば,数の大小だけではなく彼我の優劣が明確になる。対象集合に分類と評価がついていれば,出願年代別に整理することで,競合との関係でどの部分が強く,どの部分が弱いのか,また,近年の開発成果がきちんと知財としての強みに反映されているかといった事業や製品群を取り巻く知財状況を把握することができる。
知財状況の整理については,できれば主要な競合だけでなく,重要な顧客や新興国における新興企業(中国等の市場拡大国における地場企業で将来の有力な競合となり得る企業)の分析もできるだけ取り込むようにしている。また,特許だけでなく,商標をはじめとしたブランディングの状況整理にも取り組んでいる。
事業収益の最大化に貢献するためには,事業状況や方針をしっかり把握していなければならない。自社の事業の強みと弱みが何かを見極め,今後それらをどのように進化改善して,どのような顧客にどのような製品サービスをどのようにアピールして購入してもらうのか,また,どこから何を調達してどこで製造してどこの顧客にどのように運ぶのか,そのようなことをある程度以上把握していないと知的財産活動の方針は立てられない。
ところが,事業別の経理,財務情報や今後の売上計画などは比較的容易に入手できるものの,事業分析結果(強み,弱み)や方針(何を生かしてどこで勝負するか)については,分析するまでもない暗黙知となっていたり,確固として共有されているものが少なく,入手することが困難なことも多い。自社を取り巻く知財状況を説明しつつ実際の事業状況や方針と一致するのかどうかを関係者にヒアリングすることで,把握しておきたい情報を得られることもある。
事業方針がある程度把握できたら,その方針に先にまとめた知財状況が一致するのかどうかを確認する。例えば,事業方針としてある技術で付加価値を付けて拡販しようとしている場合に,その技術に関連する特許が拡販対象国でしっかり出願されていて競合よりも優位な状態にあれば一致しており,今後もその優位性を補強するように活動すればよい。逆に知財状況が一致していないなら,一致するような知財活動に修正するか,場合によっては知財リスク回避のために事業方針の修正を要する可能性もある。
事業と知財のマッチングでは,クロスSWOTを利用することもある。図4に単純化したクロスSWOTの例を示す。事業方針の根拠となる状況と知財状況をSWOTの各要素に整理し,それら要素を掛け合わせて知財活動の内容や課題を具体化する。図4では,技術Aについての需要増と特許が強いというのは,事業と知財の一致であり,これをさらに補強する方針になり,Z国の市場が拡大するのにZ国での特許が少ないとか,技術Bの需要増があるのに技術Bの特許が少なく競合が多数の特許を保有しているというのは,事業と知財の不一致であり,この不一致を改善することが課題になる。
図4 クロスSWOTの例
こういった事業と知財のマッチングを通して,どのような特許(発明)がその事業にとって有用なものとなるのかが明確になる。図4の例では,技術Aの優位性を補強し得る発明や,技術B関連で競合の優位性を弱められ得る発明が有用となる。また,知財リスクとしてどこに注意する必要があるのかも明確になり,図4の例では,競合の技術B関連の特許や,市場が拡大しているのに特許の少ないZ国に注意しなければならないことになる。事業方針がある程度把握できたら,その方針に先にまとめた知財状況が一致するのかどうかを確認する。例えば,事業方針としてある技術で付加価値を付けて拡販しようとしている場合に,その技術に関連する特許が拡販対象国でしっかり出願されていて競合よりも優位な状態にあれば一致しており,今後もその優位性を補強するように活動すればよい。逆に知財状況が一致していないなら,一致するような知財活動に修正するか,場合によっては知財リスク回避のために事業方針の修正を要する可能性もある。
事業状況や事業方針,さらには知財状況に基づいて,どのような発明がその事業にとって有用なものとなるのかが明確になる。発明評価によりその有用性を評価して,主として知財ポートフォリオ構築のための各種業務判断に用いる。自社,競合,顧客という3観点での評価は比較的普遍的に発明の価値を評価し得る観点とは考えられるが,事業によって有用とする発明に違いがあるため,それぞれの観点の基準や閾値を調整する必要がある。例えば,ある製品で既存市場における差別化だけでなく,その製品を用いた新たなアプリケーションを創出して同類の製品が存在しない市場を開拓しようとしている場合,自社観点ではその新たなアプリケーションへの適用可能性を考慮するように,また,顧客観点でもその新たな市場やその市場の顧客も考慮し,それぞれの評価の基準を調整する。
各業務への活用としては,新規出願時であれば評価が高い発明であるほど手間をかけて出願内容の充実を図るし,出願国の決定時には評価が高い発明であれば(事業別に定めた)主要国だけでなく優先順位の低い国まで出願を行う。また,拒絶理由対応等の権利化業務時にも,発明評価が高いほど必要に応じて業務時間等の利用リソースを増やせるようにすることで,評価の高い発明をできるだけ高評価のまま,または,更に評価が高められるように権利化業務を行う。このように発明評価を活用することにより,事業に資する権利の比率の高い知財ポートフォリオの構築を図る。
知的財産活動は,事業方針に基づいた事業や製品群別の知財戦略に沿って遂行され,主として知財ポートフォリオ構築に係る個別業務は,基準を調整して知財戦略に組み込んだ発明評価に基づいて実行される。発明評価のより具体的な運用とその成果について述べる。
知財ポートフォリオの構築における発明評価の実施タイミングと評価による対処の変化を大まかに示したものが図5になる。まず,発明者からの発明届出を受けて発明届出時評価を行い,評価の低いものは出願対象から外される。出願対象となったものの中でも評価の高いものは,公知例調査により力を入れて特許性の精度を高めたり,課題,手段,代替技術等の発明の技術面の分析を詳細に行って明細書を充実させたりということを行う。なお,このタイミングでは,発明評価とは別途,ノウハウとして保護すべきかどうかの判断も行われる。
図5 発明評価のタイミング
次に,日本出願から1年以内に外国出願検討時評価を実施する。出願時からの状況の変化を取り込んで出願内容に追加ができ,個々の発明をどの国で権利とするかを決定し得る重要な機会であり,且つ,出願国やその数により費用の変化が最も大きいタイミングでもあるため,所掌の異なる複数の部課長で審議する体制をとる等している。出願する国を決定するという意味でPCT出願(特許協力条約に基づく国際出願)からの移行国決定も,タイミングは異なり,内容の追加はできないが,外国出願検討時評価と同様に行われる。
審査請求制度のない国もあるが,当社において日本の審査請求要否判断は出願から2年以上経過してから行うことが多い。外国出願検討時評価から2年程度経過したタイミングとなり,米国に出願していれば最初のオフィスアクションを受領するのとどちらが早いかというタイミングであるが,事業状況や事業方針の変化により評価の修正の必要がないか確認するにはちょうど良いタイミングであると考える。事業状況等に変化があれば,その変化により則した補正を行えないか検討し,補正した請求項で発明評価をし直すということも行い得る。
最後に権利化対応時評価となるが,この種の業務で最も早い特許庁からの通知となるのは欧州特許庁に出願している場合のサーチレポートだろう。適切なタイミングでレポートが出てくるのであれば,欧州出願から半年と経たずに評価の見直しとなり,当該レポートへの対応に大きな補正を行う必要がない場合は,外国出願検討時と状況変化がないことの確認程度となる。その後は,米国での審査官指令がでてから,半年から1年を置かずに主要各国での実態審査が始まり,数年の間,拒絶理由等への対応を頻繁に行うことになる。この間も,状況の変化がないかを確認しつつ,請求項の補正を行った際には補正した請求項での発明評価を行うということを繰り返す。
権利化の主たる具体的業務は,引例や審査官の意見を正確に読み込み,権利化しようとする発明と引例との本質的な差異がどこにあり,それに基づいて補正を最小限にしながら審査官にどのように反論すればよいかを論理構築するというものになるが,全ての案件に対して忠実に実施することは担当者の過負荷になってしまう。そこで,権利化対応を行うたびに発明評価を行い,より評価の高いものに多くの時間を割くように意識づけするとともに,評価の高くない案件について拒絶理由の指摘されていない請求項で権利化するとか,社内で検討せずに弁理士に応答内容検討を任せてしまう等の時間節約の手立てを設けたりしている。そして,各案件について担当者がどれだけの業務時間を費やしたかについて記録するようにしている。図6は,発明評価を5段階に区分し,それらに費やされた権利化対応の業務時間を1案件あたりの平均として整理したものである。図6からは,幸いにも発明評価の高い案件程検討時間を割いてより良い権利を取得しようとして業務が行われていることが確認できる。このように,発明評価の運用に際しては,発明評価に基づく業務が適切に行われているかを確認することもできるし,例えば評価の低い案件に対する業務時間をさらに削減する施策をうって,削減した時間をより付加価値を高められる業務にあてるといった業務改善に活用することもできる。
図6 発明評価と中間処理時間
発明評価の運用上,どのような立場の者が評価を行うのかということが,評価の信頼性やばらつきに大きな影響を与える。当社では,発明評価はできる限り,発明者,事業部門の部課長(発明者の上司),知財(担当者)の三者の合議,もしくは,合意によって行うという運用の展開を進めている。
発明者は,自ら成した発明に誇りを持ち,また,発明に至った経緯や技術的にどのような特徴を有しているのかを最も詳細に理解している。技術的知見から発明の優れた部分がなんであるかを明確にする役割を果たすことができる。しかし,製品性能不適合への対応や先行する競合へのキャッチアップのための技術といった重要な課題ではあるが競合との差別化という点では活用できないことも多い発明も高評価する場合がある。
事業部門の部課長は,事業方針をよく理解し,市場・顧客や競合における発明の位置づけを最も正確に,また,比較的冷静に判断する役割を果たすことができる。しかし,個々の発明の詳細内容まで理解しているとは限らず,技術的な特徴を正確に特定することについては発明者に及ばない場合がある。
知財の担当者は,中間処理での数々の引例の読み込みや,リスク管理業務における競合をはじめとした関連特許への対応から,発明に関連する多くの先行技術を把握しており,特許性を主張できると推定する発明の特徴部分を冷静に提示する役割を果たすとともに,知財状況における発明の位置づけを明確にする役割を果たすことができる。しかし,発明の技術的な詳細や事業状況の詳細までは把握しきれていない場合がある。
このように,発明者,部課長,知財担当者それぞれの役割を担っている(図7)。発明者が技術情報を,部課長が事業情報を,知財担当者が知財情報をそれぞれ提供し,それらを摺合せ修正することによって,信頼性が高くバランスの取れた発明評価を実施している。なお,三者はそれぞれ1名ずつということもなく,当該事業を担当する複数の知財担当者が出席することもあるし,先に述べた外国出願検討時のように発明者の上司かどうかに関係なく事業部に属する部課長に集まってもらい合議体を形成することもある。
図7 三者参加での発明評価
事業や製品群別に知財戦略を策定して発明評価の基準を調整する必要があるのと同じく,特定の事業や製品群の知財戦略や発明評価についても,経時的な事業環境や方針の変化に合わせて定期的に修正しなければならない。また,その知財戦略や発明評価が適切に機能しているのかということも確認しなければならない。
経時的な変化への適合は1年から2年に1回を目安に定期的に知財状況,事業状況の再確認を行えばよい。また,タイミングを合わせて,知的財産活動の成果を整理して戦略や評価の妥当性を確認する。具体的には,知財ポートフォリオの構成がどのように変化しているか(技術分野の構成比率,発明評価別の構成比率,権利を保有する国の構成比率,残存期間の構成等)を確認し,その変化が知財戦略での目論見通りに推移していなければ,修正が必要と判断できる。また,技術分野別,発明評価別,国別での,登録査定率や査定までに要した拒絶理由の応答回数,出願からの総費用等を整理すると,戦略や発明評価に基づいた業務が行えているのかを把握することができる。図6に示したような内容も,この発明評価に基づいた適切な人的リソースの投入ができているかのチェックに使うことができる。
このようなチェックと必要な修正を行っていくことによりPDCAを回して,常に事業に貢献できる知的財産活動としていこうとしており,また,ROIC経営という視点からもムリ,ムダ,ムラを削減し,その分を他の付加価値の創造に使うことができると考えている。
更に,社内にある情報にのみ基づいたチェックだけでなく,社外のツールを用いた知財価値評価との比較も行うことにより,知財戦略や発明評価がうまく機能しているのかを確認することも始めている。評価項目に関して述べたところで触れた被引用数による市販の特許価値評価ツールを導入し,自社と競合等との評価の変遷を比較し,知財戦略の結果として相対的評価が高まっているかを確認し始めている。また,図8は,横軸に社内の発明評価の結果をとり,縦軸に社外のツールによる評価結果をとり,それらの間の相関関係を表している(プロットの円の大きさは属する出願の数を表す)。社内の発明評価と社外のツールによる評価に相当程度以上の相関がみられ,図8の対象となっている集合に対してはこれまでのところ社内の発明評価がうまく機能していると判断できる。
図8 社内評価と外部ツールによる評価との相関
当社は,世界金融危機後に知財活動の危機を迎えたが,「数も力なり」を掲げて何とか出願数を回復させた。その後,新たな発明評価の採用や,事業別並びに製品群別の知財戦略策定実施を通して,事業に貢献し得る知財とは何であるか,それらに集中するために何を考えるのかを,質の向上を推進するにあたり,知財部担当者事業部との連携を徐々に浸透させてきた。まだ全社の全事業に対してこれらの活動を適用できているわけではなく,先行する事業での活動をより洗練させていきながら,未展開の事業に対して基本思想は変えずにどのようにモディファイしたら受け入れてもらえるのかを試行錯誤していく途上にある。
知的財産の価値評価は,知的財産活動成果の見える化である。知的財産の業務は,営業や製品開発とは異なり,会社の利益にどのように貢献できたのかを直接的に把握し実感することの難しい業務だと感じてきた。しかしここ数年,発明評価や知財戦略の展開により,活動成果が数値で見えるようになってきたと共に,それらについて事業部にも同意してもらえたり,いいねと言ってもらえたりする機会が増えたように思う。そうした事業部からのフィードバックが発明評価や知財戦略を展開するモチベーションになっている。
当社は100年以上前からポンプを継続して主たる製品としてきた古い企業であり,中長期経営計画で変革を掲げ少しずつ社内の制度や雰囲気は変わりつつあるものの,まだ古いままの体質は残っている。本稿に述べた活動はそれほど特殊なことはなく,広く知られた考え方を単純化して社内事情に合わせて知財部門内で,また,事業部と共に協議し,修正を加えながら展開してきたものである。日本に数多くある古い体質を持ちつつ技術で差別化して事業を展開している当社のような企業において,本稿が知的財産活動を見直すヒントに少しでもなれるのであれば幸いに思う。
1)鈴木一如,「荏原の知財活動」,エバラ時報,No. 211(2006-04),pp. 31-36(2006年).
2)「OMRON 統合レポート 2019」,オムロン株式会社,P. 38(2019年).
3)知的財産マネジメント第1委員会第4小委員会,「発明の評価方法と評価データ活用に関する研究」,知財管理,Vol. 61,No. 7,(2011年).
4)小林誠,「事業戦略と知財戦略」,特技懇,No. 287,pp. 3-20(2017年).
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