山本 涼太郎* Ryotaro YAMAMOTO
八鍬 浩* Hiroshi YAKUWA
宮坂 松甫** Matsuho MIYASAKA
原 信義*** Nobuyoshi HARA
*
技術・研究開発統括部
**
元荏原製作所(現所属:MIYASAKA Lab.)
***
東北大学参与 名誉教授
二相ステンレス鋳鋼の孔食発生及び成長挙動に及ぼすα相比の影響を調査した。特に,高塩化物イオン濃度/低pH環境下における定電位分極測定により食孔内における優先溶解相に関して検討した。孔食発生に関してはα相比依存性が見られなかった。孔食成長挙動については,活性態域の高電位側の電位で保持した場合にはγ相が優先溶解し,低電位側の電位で保持した場合にはα相が優先溶解した。また,α相比の増加に伴いα相が優先溶解する電位域が高電位側へ拡大し,α相の溶解速度が増加した。この結果は,α相の増加によりα相中のCr量が減少したことに加え,Cr窒化物生成によりCr窒化物周囲にCr欠乏層が生成したことも原因であると推察された。
The effects of the α/γ-phase ratio on pitting corrosion initiation and growth in cast duplex stainless steel were studied, including the preferential dissolution of the two phases inside the pits, using pitting potential measurement and potentiostatic polarization measurement with a high concentration of chloride ions and a low pH. The initiation of pitting was not dependent on the α-phase ratio. The γ-phase preferentially dissolves when a high potential in the active dissolution region is applied, and the α-phase preferentially dissolves when a low potential is applied. In addition, with an increase in α-phase ratio, the potential range where the α-phase preferentially dissolves enlarged toward the higher potential side. The growth rate of stable pitting increased with the α-phase ratio. Dissolution of the α-phase increased with an increase in the α-phase ratio. This phenomenon is presumably caused by the decreased amount of Cr in the α-phase, resulting from the increased α-phase ratio, as well as by Cr-depletion around Cr nitrides.
Keywords: Duplex stainless steel, Cast steel, α/γ-phase ratio, Pitting corrosion, Chromium nitride, Preferential dissolution, Heat treatment, Corrosion rate, Sea water
二相ステンレス鋼(以下,DSS)は,フェライト(α)相とオーステナイト(γ)相を約50 %ずつ含むステンレス鋼である。DSSは高強度であり,かつ,優れた耐食性を有するため,海水機器やオイル&ガス関連設備,化学プラント等に適用されてきている1),2)。しかしながら,DSSは,不適切な熱処理がなされると,σ相などの金属間化合物や炭化物,窒化物が析出することがある。これら析出物が強度特性や耐食性に及ぼす影響については多くの検討3)-12)がなされ,数%のσ相析出によりDSSのじん性及び耐食性が大きく低下する4),6)-11)こと,σ相/基材界面が孔食の起点となりやすい3),9)-11)ことなどが明らかとなっている。
一方,DSS中のα相とγ相とでは化学成分の分配率が異なり,α相へはCrやMoが濃化し,γ相へはNiやN,Cuが濃化する。DSSのα/γ相比が変化すると,これらの化学成分の各相における濃度も変化するため,DSSの腐食特性はα/γ相比によっても変化する13)-17)。肉厚が様々で形状も複雑な実際の鋳造製品においては,鋳造時の冷却速度の違いによりα/γ相比が変化する可能性があり,そのことは,同じ製品でも場所によって耐食性が変化する可能性があることを示唆している。したがって,DSS鋳鋼の腐食特性に及ぼすα/γ相比の影響を明らかにすることは,DSS鋳鋼を使用する上で重要であると考えられる。近年,DSSの耐食性は精力的に研究されてきている。Yangらは,α/γ相比の異なるDSSの耐孔食性について検討し,DSSの耐孔食性はα相,γ相のうち,より低い孔食指数(PREN; Pitting Resistance Equivalent Number)を有する弱い相の耐食性により決定される13)ことを報告している。Potgieterらは,DSSの腐食挙動へ及ぼすNi含有量の影響について調査し,Ni添加がDSSの耐孔食性を向上させる16)ことを報告している。青木らは,腐食隙間内を模擬した溶液中における,DSS中のα相とγ相それぞれの溶解挙動の違いについて検討し,活性態域の電位に依存してDSSの優先溶解挙動が変化する18)ことを明らかにした。孔食の成長速度も食孔内の電位の影響を受ける。そのため,DSSの孔食成長挙動を理解するためには,α/γ相比がDSSの優先溶解挙動に及ぼす影響を明らかにすることが重要である。しかしながら,食孔内におけるα相及びγ相の優先溶解挙動に及ぼすα/γ相比の影響に関する系統的な実験による検討は少ない。そこで本研究では,成分調整及び熱処理によってα/γ相比を意図的に変化させたDSS鋳鋼の腐食試験を行い,DSS鋳鋼の腐食特性に及ぼすα/γ相比の影響について検討を行った。塩化物環境中における孔食電位測定及び酸性溶液中における定電位分極試験を実施した。また,食孔内における優先溶解挙動を明らかにするために,定電位分極測定後に各相の溶解速度の計算を行った。
供試材を採取する素材には,200×200×50 mm3の形状に鋳造し,固溶化熱処理(1403 K×14.4 ks→水冷)したASTM A890 Gr.1B(以下,1Bと表記)と,1BにNiを添加してNi含有量を8.4 %としたDSS鋳鋼(以下,1B+Niと表記)を用いた。1B+Niは,高周波誘導溶解炉によって7 kg溶製し,直径130×長さ50 mmの形状に鋳造した。素材の化学組成を表1に示す。
表1 試験に使用した二相ステンレス鋳鋼の化学組成
素材から約50×35×7 mm3の試験片を切り出し,大気雰囲気にて種々の温度で172.8 ksの等温熱処理を行うことで,α相比を32~77 vol.%(以下,特に断りのない限り,%はvol.%を意味する)に調整し,供試材とした。α相比50 %以上の試料を作製する場合は1Bを,50 %以下の試料を作製する場合は1B+Niを用いた。すなわち,α相比50 %については,1B及び1B+Niの両方の素材から供試材を作製した。供試材を25×15×5 mm3に切り出し試験片とした。25×15 mm2の片面を1 μmダイヤモンドペーストまで研磨した。
α相の体積比が,任意の断面におけるα相とγ相の面積比と同じであると仮定し,α相の面積率を測定することでα相比を定量した。供試材を40 g NaOH/100 g H2O溶液中で電解エッチングした後,光学顕微鏡により200倍で組織観察を行い,画像解析によりα相とγ相の面積比を求めた。各供試材についてそれぞれ10視野ずつ画像解析を行い,その平均値をα相比とした。
10×10 mm2の試験面以外を樹脂で被覆した。試験溶液はASTM D1141に準拠した人工海水を使用した。人工海水の濃度はASTM規格の1.3倍とし,室温でpH 8.2に調整してから使用した。試験温度は,成長性の孔食が発生する353±2 Kとし,アルゴンガス(Ar)脱気下で測定を行った。本文中の電位は飽和銀/塩化銀電極(SSE,0.197 V vs. SHE)基準で表記する。動電位分極曲線の測定は自動分極システム(HZ-5000,北斗電工㈱)により実施した。−0.65 Vで0.6 ks定電位保持後,0.6 ks自然浸漬状態とし,自然電位からアノード方向へ0.33 mV/sの掃引速度で分極し,電流密度が1 A/m2となった電位を孔食電位(V’c, 100 )とした。それぞれの供試材について,孔食電位測定を3回実施した
10×10 mm2の試験面以外を樹脂で被覆した。孔食の成長速度へ及ぼすα相比の影響について検討するため,高塩化物イオン濃度/低pHという食孔内の環境を模擬する目的で,試験溶液には塩酸でpH 0に調整した25 wt.% NaCl水溶液を使用した18)。溶液温度は313±2 Kとし,Ar脱気下で測定を行った。25 %のNaClを含む酸性溶液中では,孔食電位測定を実施した353 Kの溶液温度とすると供試材の活性溶解速度が非常に大きく,腐食挙動の解析ができない。そのため,溶液温度を313 Kとした。−0.65 V で0.6 ks定電位分極後,0.6 ks自然浸漬状態とし,−0.30 V,−0.25 V,−0.20 V 及び0.15 Vで3.6~7.2 ks定電位保持した。測定後,腐食部の走査型電子顕微鏡(SEM/SU-70,㈱日立ハイテク)観察,及び,必要に応じてエネルギー分散型X線分光分析(EDS/QUANTAX, Bruker Corporation)を行った。
各供試材の光学顕微鏡組織と,画像解析によって求めたα相比を図1に示す。素材1B+Niから調整した供試材のα相比は,それぞれ32 %,43 %及び50 %,素材1Bから調整した供試材のα相比は,それぞれ50 %,58 %,70 %及び77 %であった。α相比32 %及び77 %の試験片の反射電子(BSE)像を図2に示す。BSE像のコントラストは試料の平均原子番号に依存している。σ相はCrやMoを多く含有しているため,α相やγ相と比較して明るく観察される。反対に,窒化物,炭化物や酸化物は暗く観察される。すべての供試材においてσ相やχ相のような金属間化合物は確認されなかった。図2(b)では,暗く観察される円形の粒子が確認できる。EDSの結果から,円形の粒子は(Mn,Cr)酸化物もしくは(Mn,Cr)硫化物と思われる介在物であった。また,介在物はα相比32 %の供試材においても確認された。しかしながら,1B+Niから調整した供試材は,1Bから調整した供試材と比較し,介在物の寸法及び体積比が小さかった。これは,1B+Niはコールドクルーシブル誘導溶融技術により作製しているため,材料の清浄度が高いことが要因と考えられる。α相比77 %の試験片表面を高倍率で観察したBSE像を図2(d)へ示す。α相/α相の境界部やα相内に暗く観察される針状の粒子が確認できる。この針状粒子はCr窒化物と考えられる。針状粒子はα相比58 %以上の供試材で確認された。後で述べるように,定電位腐食試験後のα相の腐食部に存在した針状残留物のEDS結果から,この針状粒子がCr窒化物であると推定された。以上より,α相比58 %以上の供試材において,酸化物や硫化物といった介在物に加え,Cr窒化物が存在していることは明らかである。
図1 種々の温度で熱処理した供試材の組織写真。光学顕微鏡による200倍の組織観察写真から, 画像解析により視野中のα相面積率を計算しα相比とした。
図2 α相比32 %の1B+Ni(25Cr-8.4Ni-2Mo-0.2N)(a,c) 及びα相比77 %の1B(25Cr-5.6Ni-2Mo-0.2N)(b,d) の反射電子像(BEM像)
電子線マイクロアナライザー(EPMA/JXA-8530F,日本電子㈱)により求めた各相の化学組成と,分析値から求めた各相の耐孔食性指数(PRE; Cr+3.3Mo+16N1))を表2に示す。各分析値は,31~407点の平均値として表した。Nの定量には,Nを0.011,0.033及び0.473 wt.%含有する標準試料により作成した検量線を使用した。これらの結果から,耐食性に強く関与すると考えられるCr,Ni,Moについて,各相における濃度のα相比依存性を図3にまとめた。いずれの供試材も,CrとMoはγ相よりもα相に多く存在し,Niはα相よりもγ相に多く存在した。同じ素材から調整した供試材では,α相比が多くなるとα相中のCr及びMo量は減少し,Ni量は増大する傾向が見られた。一方,γ相中においては,同じ素材から調整した供試材であれば,α相比が変化してもCr,Mo及びNi量は大きく変化しなかった。なお,Nはγ相中にのみ存在し,α相中はほぼ0 %であった。
表2 EPMA*により分析した試験片の化学組成及び PRE. PREは成分の質量%からCr+3.3Mo+16Nにより計算
図3 α相及びγ相各相中におけるCr,Ni及びMo濃度のα相比依存性
353 Kの1.3倍濃度人工海水中における動電位アノード分極曲線から孔食電位を求め,α相比に対してまとめたものを図4に示す。
図4 353 Kの1.3倍濃度人工海水中における1B+Ni (25Cr-8.4Ni-2Mo-0.2N) (a, c)及び 1B (25Cr-5.6Ni-2Mo-0.2N)の孔食電位のα相比依存性
α相比が50 %以下(素材:1B+Ni)の場合には,α相比によらず0.3 V付近で成長性のピット発生に伴う電流上昇が観察された。一方,α相比が50 %以上(素材:1B)では,0.15 V付近で成長性ピット発生に伴う電流上昇が観察された。孔食電位がPREと相関があり,かつ,孔食がPREの低い相から発生すると仮定すると,表2に示した通り,PREが低い方の相のPREは,いずれも33.0~33.7であり,α相比に依存しないことから,孔食電位もα相比に依存しないことが示唆される。オーステナイトステンレス鋼において,MnSが孔食の起点となる19)ことが知られている。つまり,孔食はPREだけでなく介在物にも影響をうけることがわかる。図2で示したように,1Bから調整した供試材は,1B+Niから調整した供試材と比較して,α相比によらず介在物の寸法や体積比が大きい。また表1から,1BのS含有量は1B+Niの3倍以上である。これらの理由から,1Bから調整した供試材は,1B+Niから調整した供試材と比較して,より多くのMnSを含んでいると考えられる。その結果,低い孔食電位を示した可能性がある。また,α相比58 %以上の供試材ではCr窒化物が確認されている。Cr窒化物も孔食電位に影響を与える可能性がある。しかし,Cr窒化物が確認されたα相比58 %以上の試料の孔食電位は,Cr窒化物が確認されないα相比50 %との孔食電位と同程度であり,今回の条件においては孔食電位に与えるCr窒化物の影響は限定的と考えられる。
孔食の成長挙動に及ぼすα相比の影響を検討するために,食孔内の高塩化物イオン濃度/低pH環境を模擬した環境において定電位分極測定を実施した。酸性溶液中においてはDSSは活性態不働態遷移領域において2つの活性溶解ピーク21)を示す。活性態域の低電位域ではα相が優先的に溶解し,高電位域ではγ相が優先的に溶解21)する。定電位分極試験後の腐食部のSEM観察結果を図5及び図6に示す。腐食部は凹凸があり,組織により腐食速度に差があることが分かる。EDSを用いて凹部及び凸部それぞれの組成分析を行い,優先溶解相を特定した。優先溶解挙動に及ぼすα相比及び電位の影響を表3にまとめた。高い電位で保持した場合にはγ相が優先溶解し,低い電位で保持した場合にはα相が優先溶解した。また,α相比の増加に伴いα相が優先溶解する電位域が高電位側へ拡大した。
図5 pH 0,40 ℃の25 wt.% NaCl中で 定電位分極した1B+Ni(25Cr-8.4Ni-2Mo-0.2N) の表面SEM写真(図中’〇’で囲った相が優先溶解相)
図6 pH 0,40 ℃の25 wt.% NaCl中で 定電位分極した1B(25Cr-5.6Ni-2Mo-0.2N) の表面SEM写真(図中’〇’で囲った相が優先溶解相)
表3 定電位分極試験における優先溶解相のα相比及び電位依存性
優先溶解挙動を定量的に考察するために,各相の溶解速度を計算した。定電位分極測定後の試験片を切断し,腐食部のミクロ組織観察を行った。結果の一例として,1B+Niより調整したα相比50 %の試験片を−0.15 Vで保持した場合の断面組織写真を図7に示す。腐食していない面を基準面として,α相,γ相の各相の腐食深さを測定した。それぞれ腐食深さを保持時間で割ることにより平均溶解速度を算出した。α相(図8(a)),γ相(図8(b))各相の溶解速度を保持電位に対してまとめた結果を図8に示す。まず,α相の溶解速度に及ぼすα相比依存性について考える。α相比50 %以下では,−0.3~−0.25 Vに活性溶解のピークを示し,電位の上昇に伴いα相の溶解速度が10 μm/y以下まで減少した。このことは,電位の上昇に伴いα相が不働態化していることを示している。α相比58 %においては−0.2 V付近に活性溶解のピーク電位を示した。α相比70 %,77 %においては,電位の上昇に伴いα相の溶解速度が単調に増加した。このように,α相では,α相比の増加に伴い活性溶解ピークの溶解速度が増加し,また70 %以上ではより高い電位まで溶解速度が低下しなかった。
図7 40 ℃の25 wt.% NaCl中で定電位分極した1B+Ni (25Cr-8.4Ni-2Mo-0.2N)の断面写真 (NaOH溶液中で電解エッチング後)
図8 40 ℃の25 wt.% NaCl中における各相の平均溶解速度 (実線:素材=1B,破線:素材=1B+Ni)
次に,γ相の溶解速度に及ぼすα相比依存性について考える。α相比32 %,43 %では−0.25 V~−0.2 V付近に活性溶解のピークを示し,α相比50 %以上では
−0.20 V~−0.15 V付近に活性溶解のピークを示した。また,α相比の増加に伴い,活性溶解のピークを示す電位が若干高くなった。活性溶解のピークにおけるγ相の溶解速度は,α相とは異なり,α相比によらずほぼ同程度の値であった。γ相の溶解速度はα相よりも少し高い電位域である−0.25 V~−0.15 V付近にピークを示し,これはα相のそれよりわずかに高かった。
まず,α相とγ相で活性溶解のピークを示す電位が異なる点について考える。青木らは,二相ステンレス鋼(SUS329J4L)について,定電位エッチング法によりα相単相試料及びγ相単相試料を作製し,塩酸によりpH 0に調整した4.3 mol/kg NaCl溶液中で動電位アノード分極測定を行い,γ相と比較してα相の活性態ピーク電位が低いことを報告している22)。その理由は,Crの標準電極電位がNiに比べて低いため,Crを多く含有しているα相の酸化還元反応の平衡電位がγ相に比べて低いと考えられ,その結果α相の活性態ピーク電位が低電位側に位置すると考察している。本研究においても,図3の化学組成に示す通り,α相比によらずα相のCr含有量がγ相よりも多く,そのため,α相の活性溶解ピークがγ相と比較して低電位側に位置したと考えられる。
次に,α相及びγ相各相の溶解挙動に及ぼすα相比の影響について考える。塩原らは,硫酸水溶液を使用して,酸性溶液中における鉄及び鋼のアノード分極特性に及ぼすCr及びNiの影響について調査し,Ni濃度の低下に伴い,腐食電位が低下,活性態ピーク電位が上昇,活性態ピーク電流が増加して,不働態化電位が上昇することを報告している24)。ただし,Ni濃度10 wt.%以下では,腐食電位は低下するものの,活性態ピーク電位,活性態ピーク電流及び不働態化電位は大きく変化していない24)。また, Fe中のCr濃度の低下に伴って,腐食電位と活性態ピーク電位が上昇,活性態ピーク電流が増加して,不働態化電位が上昇することを報告している23),24)。本研究で使用した供試材では,図3で示した通り,α相及びγ相いずれも,α相比によらずNi濃度は10 wt.%以下であるため,酸性溶液中の溶解挙動へ与えるNi濃度の影響は小さいと考えられる。一方,α相比の増加に伴いα相中のCr濃度が低下している。そのため化学組成からは,α相比の増加に伴い活性溶解のピークを示す電位が上昇し,不働態化電位が高くなると考えられる。この考え方は図8(a)に示す実験結果と矛盾しない。すなわち,α相では,α相比の増加に伴い活性溶解ピークの溶解速度が増加し,また70 %以上では−0.15 Vまで溶解速度が低下しなかった。γ相では,α相比が変化しても,γ相中のCr濃度は大きく変化していない。そのため,活性溶解のピークにおけるγ相の溶解速度はα相比によらずほぼ同程度であったと考えられる。図5,図6及び表3にみられたα相比の増加に伴ってα相優先溶解電位域が高電位側にシフトする現象についても,上記理由によるものと考えられる。
α相の腐食部について行ったSEM観察結果を図9にまとめた。図9(e)に示す通り,α相の腐食部には針状の析出物が存在しており,この析出物は,特にα相比58 %以上の試料において顕著に認められた(図9(b),(c),(d))。EDSにより析出物の元素分析を行った結果を図9(f)に示す。ポイント1のα相マトリックスの組成と比較して,析出物を分析したポイント2~4では,Cr及びNの顕著な濃化が見られており,析出物がCr窒化物であることが示唆された。α相比77 %の材料から収束イオンビーム(FIB)を用いて薄片試料を作製し,SEM/EDSにより組成分析した結果を図10に示す。α相/α相の粒界を狙って観察をしたところ,粒界には針状の析出物が見られた。元素マッピングを行ったところ,析出物からはCrとNのみが検出されており,析出物がCr窒化物であることを強く示唆された。また,析出物を横断(図10, A-A’)するようにCrの分析を実施したところ,析出物周囲にはCr欠乏部が存在していることが明らかとなった。従って,α相比増加に伴うα相の活性溶解のピーク速度の増大は,α相の増加によりα相中のCr量が減少したことに加え,Cr窒化物生成によりCr窒化物周囲にCr欠乏層が生成したことも原因と推察された。
図9 40 ℃の25 wt.% NaCl中,−0.15 V vs. SSEで定電位分極した 試験片の腐食部SEM写真(a~e)腐食部SEM写真, (f)定電位分極後腐食部に残留した針状析出物のEDS分析結果
図10 EDS線分析による析出物近傍Cr濃度分布
25Cr-5.5Ni-2Mo-0.2N及び25Cr-8.4Ni-2Mo-0.2NのDSS鋳鋼を素材とし,等温熱処理によりα相比を変化させた試料について,孔食電位測定及び高塩化物イオン濃度/低pH環境下における定電位分極測定により,DSS鋳鋼の腐食挙動に及ぼすα/γ相比の影響を検討した。その結果以下のことが明らかとなった。
・80 ℃/1.3倍濃縮海水中における孔食発生に関してはα相比依存性が見られなかった。
・α相比58 %以上では,α相比50 %以下と比較して孔食の成長速度が大きかった。
・高塩化物イオン濃度/低pH環境下において,活性態域の高電位側の電位で保持した場合にはγ相が優先溶解した。
・低電位側の電位で保持した場合にはα相が優先溶解した。また,α相比の低下に伴いγ相が優先溶解する電位域が低電位側へ拡大した。
・α相比の増加に伴いα相の溶解速度が増加した。特に,より高い電位域においてその傾向が顕著となった。SEM/EDS分析の結果,α相比増加に伴うα相の活性溶解のピーク速度の増大は,α相の増加によりα相中のCr量が減少したことに加え,Cr窒化物生成によりCr窒化物周囲にCr欠乏層が生成したことも原因であると推察された。
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本原稿は「CORROSION® Volume 76, Issue 91 September 2020」に掲載した内容を転載した。
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