津田 伸一
九州大学大学院工学研究院
機械工学部門・准教授
昨今,中身のよくわからない“ブラックボックス”は増えるばかりであり,このような対象は個人個人で異なるにせよ,枚挙にいとまがない。また,ブラックボックスは単に技術者が日常的に相手にしているモノやシステムに限らず,他企業や他国家の意思決定機構など,自身からは極めて見えづらい様々な対象が含まれる。自身の直接関わっている事柄を除けば,中身を完全に見通せる,すなわち“ホワイトボックス”化できる人間はまず皆無であろう。
さて,自身がユーザーに徹する限りにおいては,たとえ対象がブラックボックスのままであったとしても,入出力の関係さえ知っておけばなんら不都合はない。自動車でいえば,アクセルを踏めば加速する,ブレーキを踏めば減速する,といった具合である。しかしながら,技術者に代表されるモノのプロデューサーの場合はどうか?彼らは,ユーザーから見ればブラックボックスにあたるモノを提供する側にいるわけで,当然ながらプロデューサーたちはその対象物をホワイトボックス化しておく必要がある。つまり,アマとプロを分ける一つのしきいは,対象をホワイトボックス化できているか否かにある。
ここで,技術が著しく発達してきている現在,はたしてモノづくりのプロたちは,対象をどの程度ホワイトボックス化できているのであろう?大昔,たとえば産業革命以前のモノであれば,開発に用いる道具もすべて自身で作り上げ,完全にホワイトボックス化していた人間も一定数はいたように思われる。あるいは,日本が誇る伝統工芸の分野においては,現在でも同様のことがある程度はあてはまるかと思う。しかしながら,技術者が対象としているモノについては,たとえば作動原理自体は100年以上前に成立している自動車や飛行機でさえ,現在は複雑な制御機構を備えたシステムとなっており,個人レベルですべてを完全にホワイトボックス化できているプロは本当に一握りではないかと思う。もちろん,多数のプロたちが集まって一つの製品を創り上げる観点でいえば,個人レベルで製品のすべてをホワイトボックス化できている必要はない。したがって,自身の担当範囲をきちんとホワイトボックス化する前提で,その他については何がホワイトで何がブラックであるかを明確に認識しておけばよいであろう。実際に,多くの企業の研究開発も,各人や各グループの守備範囲を明確化したうえで,あとは適切な連携のもと,企業(法人)としてホワイトボックス化した製品を世に送り出しているものと思われる。
しかしながら,技術の進展はますます加速しており,かつ,2010年代の中盤からはいわゆる機械学習や人工知能(AI)が積極的に活用されるようになり,ブラックボックスへの向き合い方も大きく変わってきているように思う。AIは,中身のよくわからないブラックボックスをホワイトボックス化することなく,ブラックボックスのままアウトプット(最終的には製品)を得るためのツールであるとも言える。すなわち,AIを利用しているパーツについては,プロといえどもブラックボックス(あるいは部分的な理解に留まっているグレーボックス)の状態のまま,製品を市場に送り出しているかと思われる。これは,よくわからないものをそのまま丸ごと受け入れてアウトプットするというスタイルもある。筆者が専門とする熱流体工学の分野でも,特にメカニズムの理解が困難な乱流現象を中心に,そのモデリングの活用においてAIが積極的に用いられており,いまや一つの研究分野を成している。AIのようにブラックボックスのままアウトプットを得るという方法に対しては,古典力学という明確な物理法則を駆使する機械工学の分野に身を置く筆者にとっては,正直に申し上げて居心地の悪さを感じる部分もある。ただ,これを統計学的に得られる経験知の一種と位置づければ,多くの学術基盤の背景を成してきた様々な経験則の一つの活用の仕方であるとも位置づけられる。ここで過去の類似の事例としては,機械工学でもおなじみの熱力学が挙げられるであろう。熱力学は,経験則を法則として丸ごと受け入れたうえで,ブラックボックス(たとえばカルノーサイクルのような熱力学サイクル)の内部で生じている現象の詳細には立ち入らず,そのブラックボックスに対して得られる入出力特性のみに注目することで,絶対温度やエントロピーという新しい概念を生み出してきた経緯がある。もちろん使い方こそが肝心であるが,熱力学の創出に匹敵するような学術的成果をも,あるいはAIは生みだせるのかもしれない。
以上は,日々の研究においてブラックボックスと対峙している筆者のごく個人的な所感にすぎないが,どのような立場の技術者や研究者にせよ,自らのホワイトボックスとブラックボックスを常に意識しつつ,必要なホワイトボックス化を着実に進めることが重要である。また,上述のAIあるいは過去の熱力学のように,ブラックボックスをいかにして受け入れ,上手に活用するかというスタンスもまた問われているように思う。技術変革のみならず大きな社会変動の真っただ中にあるわれわれにとって,自身の理解が十分及んでいないブラックボックスに対してどう対峙するのかを一度深く問いただしてみることは,極めて有意義であろう。
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