野口 学* Manabu NOGUCHI
石川 栄司** Eiji ISHIKAWA
古吟 孝*** Takashi KOGIN
米田 鈴枝**** Suzue YONEDA
林 重成**** Shigenari HAYASHI
*
技術・研究開発・知的財産統括部
**
荏原環境プラント㈱
***
第一高周波工業㈱
****
北海道大学大学院工学研究科
ラボ試験で開発した耐高温腐食摩耗合金を溶射皮膜として実用化するため,自溶合金化を検討した。高濃度でFeを含有するNi-Fe基開発合金は,再溶融処理時にツブ状突起物が生成し,通常の自溶合金のような滑らかな合金表面を得ることができなかった。そこで,逆にこのツブを積極的に生成させ,表面が全面的に凹凸形状で覆われた溶射合金皮膜を開発した。この凸部のツブ状突起物に流動媒体が優先的に衝突し,溶射母材の摩耗条件を緩和することで,結果として大幅な耐高温腐食摩耗特性向上に繋がった。実証試験でも従来合金を大幅に上回る結果を得ており,現在市場投入を進めている。
To put the high-temperature erosion-corrosion-resistant alloys developed in the laboratory tests into practical use as thermal spray coatings, we examined the possibility of making them self-fusing alloys. Ni-Fe based developed alloys containing high concentrations of Fe produced granular protrusions during the remelting treatment, and smooth alloy surfaces like those of normal self-fusing alloys could not be obtained. Thus, we have conversely developed a thermal spray alloy coating that actively generates these granular protrusions and whose surface is entirely covered with a concavo-convex shape. The flow medium preferentially impinges on the granular protrusions of this convexity, which mitigates the erosion conditions of the sprayed base metal, resulting in a significant improvement in high-temperature erosion-corrosion-resistant properties. Demonstration tests have shown results that far exceed those of conventional alloys, and we are currently working to bring these alloys to market.
Keywords: Erosion-corrosion, Self-fusing alloy, Concavo-convex shape, Fluidized bed boiler, High temperature corrosion, Remelting treatment
再生可能エネルギーとして期待されるバイオマス発電プラントの一つとして流動層ボイラが挙げられる。流動層ボイラの主要部品である流動層の層内伝熱管(以下,層内管)は,流動媒体の循環による摩耗と原料由来の塩素などによる腐食によって高温腐食摩耗損傷を受ける。そのため層内管メンテナンスコスト削減が,プラントの運営費低減策の一つとして期待されている。そこで,小型流動層試験装置を用いた耐高温腐食摩耗合金の開発を行い,結果を前報1)で報告した。
実機では層内管表面に溶射皮膜を施工しているが,通常の溶射では皮膜剥離が避けられない。剥離防止のため,伝熱管(基材)と皮膜を冶金的に結合させる再溶融処理を行う自溶合金溶射を実機では採用しており,開発合金の実用化には,自溶合金化が不可欠である。そこで開発合金の自溶合金化技術の開発に取り組み,施工技術を開発した。そして,実機層内管に溶射施工し,1年間の実証試験によって実用性評価を行ったので,結果を報告する。
自溶合金の再溶融処理は,温度が高過ぎると溶射皮膜全体が溶融し流れ落ちてしまうため,皮膜が半溶融状態となる温度範囲で施工を行う。一般的にはガスバーナーを用いて目視で半溶融状態を確認しながら再溶融処理を行うが,精密な温度制御によって皮膜の高品質化が可能なため,再溶融処理方法として高周波誘導加熱を採用した。溶射した管を回転させ,高周波誘導コイル移動させながら皮膜を溶融させる(図1)。溶射のみの皮膜は多数の空隙を含むが,再溶融処理により基材との結合や空隙消失など,皮膜の特性改善が図れる。この時の施工のポイントは再溶融処理温度の最適化である。
図1 高周波誘導加熱による再溶融処理
本格実証に先立ち,開発合金の施工性や実機使用時の課題などの確認を含めた実機暴露試験を計画した。具体的には熱電対の鞘管表面に開発合金を溶射施工し実機で使用する事で,想定外リスクの洗い出しなどを検討した。Ni基開発合金,Ni-Fe基開発合金に加え,比較のため従来材であるSFNi4の3種類について試験片を製作した。それぞれの合金組成を表1に,試験片外観写真を図2に示す。従来材のSFNi4は施工し易い(半溶融温度範囲が広い)のが特徴で,非常に滑らかな皮膜が形成される。一方,Ni基開発合金は半溶融温度範囲が若干狭くなることに伴い,施工難易度が若干向上したが,問題なく施工できた。一方,Ni-Fe基開発合金は,Fe含有量の増加による融点上昇に伴い施工難易度が向上し,表面にツブ状突起物が生成し,外観的には不適合と判断される皮膜となった。この突起物が実機の流動媒体の衝突によって早期に除去され,実用上は問題が生じないことを期待し,このまま半年間の暴露試験を行った。
Ni | Cr | Fe | Mo | Si | B | C | Cu | |
SFNi4 従来材 |
残 | 12-17 | ≦5 | ≦4 | 3.5-5.0 | 2.5-4.0 | 0.4-0.9 | ≦4 |
Ni基 開発材 |
残 | 20 | 4 | 1 | 1 | 5.5 | 0.5 | - |
Ni-Fe基 開発材 |
残 | 20 | 30 | - | 1 | 5.5 | 0.5 | - |
図2 再溶融処理後の外観写真
暴露試験の結果を図3に示す。従来材同様,Ni基開発合金には大きな変化は見られず,実機適用に際し懸念すべきリスクは発見されなかった。Ni-Fe基開発合金は,突起物が脱落し平滑な外観となることを期待したが,暴露後も凹凸は変わらずに残存したままだった。
図3 半年間実機暴露後の外観写真
ラボ試験結果から高い耐環境性が期待されるNi-Fe基開発合金だが,表面にツブ状突起物が生成する問題を解決する事が製品化への課題として浮上した。
前報で,溶射合金中の析出物と母材の減肉速度差により生じる表面の凹凸形状が耐腐食摩耗性向上に寄与することを報告した1)。実機でもツブ状突起物が容易に除去されないことが確認できたため,この凹凸形状を逆に利用する事を検討した。つまりツブ状突起物を抑えるのではなく,敢えて表面全体を凹凸形状にすることを検討した。製造時の観察結果から,再溶融処理の凝固時にツブ状突起物が形成されることを確認した。つまり再溶融処理条件が影響している事が判明したため,再溶融処理温度を変化させた実験を行った。結果を図4に示す。温度によりツブ状突起物の状態が変化し,温度が低いと密度が高くなった。断面観察結果より,ツブ状突起物はキノコ状に突き出した突起物で母材と一体化し,容易には脱落しないことが分かる。本結果より,再溶融温度により生成量を制御できることを見出し,またツブの密度から制御温度範囲を設定した。
図4 ツブ状突起物生成に対する再溶融温度依存性
実機では炭素鋼の上に自溶合金を溶射した層内管を使用しているが,溶射皮膜が消失し素地の炭素鋼が露出した場合,急速に減肉が進行する事を経験している。実証試験においては,万が一の減肉リスクを考慮し,炭素鋼の上に約2 mmのSUS309系材料を肉盛し,その上に溶射皮膜を施工した。製造した伝熱管の写真を図5に示す。開発材2種類に加え,従来材(SFNi4)の合計3種類の層内管を製造した。Ni基開発合金は従来材同様の外観に仕上がっているのに対し,Ni-Fe基開発合金は全体が焦げ茶色で,ツブ状突起物が全体に生成していることが分かる。またいずれも縞状の筋が見えるが,下地として施工した肉盛層の凹凸に起因した模様で溶射皮膜の品質とは無関係である。これらの試験装置を各1パネル,合計3パネル製造し,層内管ユニットに設置した(図6)。実機では場所により減肉傾向に違いが生じるため,同一条件と想定される部位に3パネルを取り付けた。従来材とNi-Fe基開発合金はパネルの隙間を挟んで左右対称の位置,Ni基開発合金は従来材の隣に設置した。
図5 実証向け層内管外観写真
図6 実証試験パネル取り付け位置
実証試験は層温約700 ℃,伝熱管表面温度約300 ℃で運転しているバイオマス発電プラントで約1年間運用した。試験前後の超音波厚さ計による肉厚測定や,暴露後の断面観察などによる評価を行った。
1年間の実証試験後の減肉量評価結果を図7に示す。超音波厚さ計を用いた試験前後の定点23か所で周方向4点の合計92点の測定結果である。場所により減肉量は大きく異なるが,パネル全体の減肉傾向としてNi基開発合金は,従来材に比べ最大値,平均値とも減肉量が増加し,劣った結果となった。Ni-Fe基開発合金については,表面に凹凸があるため定点測定部は予め表面を研磨し,ツブ状突起物を除去してから暴露試験を行った。研磨部の減肉量は従来材に比べ減少し,平均値で比較すると従来材の半分程度の減肉量となった。
図7 実証試験後の減肉量
図8に従来材とNi-Fe基開発合金の暴露後の外観写真を示す。従来材は表面が滑らかで,目立った付着物などは見られない。一方Ni-Fe基開発合金は,外観的な印象として小さくなっているがツブ状突起物が全面的に残存していた。切断して断面を観察すると(図9),ツブ状突起物の周辺では表面が30μm程度の2層からなる付着物に覆われていた。断面写真を併せて示すが,突起物を予め除去した研磨部分では単層の付着物が見られた。これらのEDS分析結果を図10に示す。凹凸部(図10-1)では,SiやCaなどの酸化物を主体とした外層と,Ni,Fe,Crなどの酸化物からなる内層が形成されていた。一方,研磨部(図10-2)ではNi,Fe,Crなどの酸化物層は見られず,Naなどの塩成分が付着物として存在していた。またその形態は,溶融物の凝固時に現れる割れに似た形状が多数見られた。
図8 実証試験後の外観写真
図9 Ni-Fe基開発合金の断面写真
図10-1 Ni-Fe基開発合金の断面EDS分析結果(凹凸部)
図10-2 Ni-Fe基開発合金の断面EDS分析結果(研磨部)
また断面観察より,凹凸部の減肉はほぼ進んでいないことを確認した。この結果より,ツブ状突起物が存在する期間は,ツブが優先的に減肉し母材の減肉は限定的と考えられる。
実証試験結果から,Ni基開発合金については,当該環境では従来材よりも腐食摩耗特性が劣っていると判断する。Ni-Fe基開発合金については,ツブ状突起物によって減肉が抑制され,かつ研磨部においても従来材の半分程度であった。これを図示すると図11となる。これまでの実績より,従来合金は概ね1年の寿命である。Ni-Fe基開発合金においてはツブ状突起物が存在する期間の母材減肉はほぼ無く,またツブも1年程度は残存する事が見込まれる。そしてツブ消失後も従来材の半分程度の減肉速度と見積もれるため,従来材同等の溶射皮膜厚さに施工すれば,寿命は3年程度になることが期待される。
図11 開発合金の寿命評価
ツブ状突起物の副次的な効果として,検査工程の簡略化が考えられる。現状の層内管は外観からは減肉箇所が判別できないため,通常は全体の減肉測定を行ってから減肉部の補修を行っている。Ni-Fe基開発合金の場合,外観を見ればツブの有無で損傷部分を判定する事ができる。そのため補修前の検査工程が大幅に低減でき,その点からもメンテナンスコストの低減に効果があると期待している。
実証試験で優れた結果を示したNi-Fe基開発合金の最大の特徴は表面のツブ状突起物である。このツブの生成は当初から想定していたものではなく,偶然の産物である。そこで,このツブ形状が耐腐食摩耗に対してどのように働くか,またなぜツブ状突起物が形成されるのかについて,考察した結果について以下に述べる。
断面観察(図9,図10-1,図10-2)の結果より,ツブの有無により,溶射材の表面付着物が変化していた。ツブを除去した研磨部はNaなどからなる塩成分と思われる付着物が存在し,凝固跡などから判断し,溶融塩として存在していた可能性が考えられる。この液体として存在する溶融塩層が,連続して衝突する流動媒体の摩耗に対して保護機能を果たすとは考え難い。一方同じNi-Fe基開発合金でもツブが存在する部分では,Si,Caなど流動媒体由来の成分からなる付着物層の下(溶射合金側)に,溶射合金由来のNi,Fe,Crなどからなる酸化物層が形成されていた。つまりツブ状突起物が腐食生成物の安定成長に寄与したと考えられる。
前報では溶射合金母材と析出物の減肉速度差により生じる表面のミクロ的な凹凸が,腐食生成物の安定成長に寄与する事を報告した1)。今回のマクロ的な凹凸形状はこの効果をより促進し,凸部が流動媒体の母材への衝突を抑制し,母材部の摩耗条件を大幅に緩和したと考えられる。それにより母材表面で腐食生成物が安定に成長することによって腐食速度を抑制し,結果的に減肉速度の抑制に繋がったと考えられる(図12)。
図12 ツブ状突起部による減肉抑制機構
ツブ状突起物はNi基開発合金では生成せず,Ni-Fe基開発合金でのみ生成した。この理由を探るため,両合金の熱的特性をTG-DTA測定によって調査した。昇温時の熱的特性を図13に示す。1 050℃付近存在する吸熱ピークは,Ni-Ni3B共晶温度に相当する。一方Ni-Fe基開発合金にのみ1 140℃付近にピークが存在し,これはγ-Niの溶融に相当する。言い換えると,このγ-Niがツブ生成と関連していると考えられる。そこでγ-Ni含有量が異なる合金を試作し凝固実験を行った結果,γ-Ni含有量が多いほどツブが増加する結果が得られ2),γ-Niの凝固に伴うツブ形成であることが明らかとなった。
図13 開発合金のTG-DTA測定結果
凝固時の形態変化として,溶湯中の溶存ガスが凝固時に放出されることによって体積膨張が引き起こされる事例が報告されている3)。今回も同様のガス発生が原因と考え,溶湯からγ-Niが晶出し,その段階で溶存ガスが放出され,発生した気泡が残存溶湯を押し上げ,結果として凹凸形状が生成すると仮定した(図14)。この仮定を立証するため,Ni-Fe基開発合金を大気中および真空中でそれぞれ溶解・凝固を行った。予想どおり,大気中ではツブが生成するが,真空中では生成しなかった(図15)。また本仮設に基づき,従来ではツブ状突起物が出現しなかったNi基開発合金においても,γ-Niが晶出するように合金組成を調整することで,凝固時にツブが生成する事を確認している。以上より,ツブ状突起物生成を矛盾なく説明可能にし,かつその制御技術の確立に成功した。
図14 ツブ状突起物形成機構
図15 ツブ状突起物の生成機構検証
ラボ試験で開発した合金を実用化するため,自溶合金化に取り組んだ。Ni基開発合金はラボでの結果とは異なり実機では従来材よりも劣る結果となった。
Ni-Fe基開発合金については,通常の自溶合金とは異なり,再溶融処理時に表面にツブ状突起物が生成する特異な性状を示した。表面凹凸形状による耐高温腐食摩耗特性改善を期待し,ツブ状突起物を積極的に生成させ,表面凹凸形状を全面的に形成させる技術を確立した。実証試験の結果,この表面凹凸形状の働きにより従来合金を大きく上回る耐高温腐食摩耗特性を得ることに成功した。またツブ状突起物の生成がγ-Niの晶出に伴うガス放出に起因していることを明らかにした。開発したNi-Fe基開発合金は,現在市場投入を進め,さらに層内管以外にも適用拡大を検討している。
本成果は,産業的価値およびツブ状突起物の生成に対する独創性を評価され,公益社団法人腐食防食学会から令和3年度技術賞を授与されました。本研究を遂行するに辺り,Mohammad Emami博士,北海道大学,北海道立工業試験場,第一高周波工業,および社内関係者の皆様には多大なご協力をいただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。
1) 野口学,石川栄司,古吟孝,米田鈴枝,林重成:バイオマス燃料向け耐高温腐食摩耗溶射合金の開発(第1報 ラボ試験による合金開発),エバラ時報,No.263,P.33-40,(2022).
2) 田中成奈,林重成,米田鈴枝,古吟孝,石川栄司,野口学:流動床ボイラ伝熱管用高Fe含有Ni基自溶合金コーティング表面の凹凸形状形成機構,第67回材料と環境討論会概要集,B-318,P.197-198,(2020).
3) 栗野洋司,森本一史,清水吉弘,高宮博之:Al-Si系合金の引け形態変化,豊田中央研究所R&Dレビュー,Vol27,No.1,P.51-62,(1992).
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