儀我 美一
これまで流体や結晶成長などの現象を表す微分方程式の研究を行ってまいりました。数学では解析学に分類され,発表した論文の多くはいわゆる理論数学分野です。大学で数学教員として教育・研究にたずさわり,また多少ですが産業界とお付き合いさせていただいた経験から,最近思うことを書かせていただきます。
数学はご承知の通り,何千年もの歴史のある人類の財産であり,老若男女問わず原理的には万人がその正誤を検証可能という意味で普遍的な学問であります。また抽象性が極めて高く,現在も年々進展している学問でもあります。理学,工学,社会科学等諸分野における必要性が数学進展のきっかけになったり,数学上の事実が諸分野を活性化させたりして進んできました。
私の経験や見聞きした,数学とりわけ解析学が我が国の産業界で生かされた例を挙げてみましょう。ある建設機械製造会社は,AI会社と高額契約して作業の効率化を図ろうとしたのですが,5年間うまくいきませんでした。情報系の方のみのそのAI会社はAI活用には長けていましたが,制御したい現象を分析し数理モデル化して課題解決を目指す取り組みはできませんでした。入社1年目の数学Dr.はそれを行い,すぐに解決されました。電話関連会社では数年間,物理系の方を含めて取り組んできた未解決課題を,入社数ヶ月の数学Dr.が,課題の奥に潜む数学構造を見出すことによりすぐに解決したという話もあります。ある製鉄会社との共同研究では,溶鉱炉の熱力学の根本原理を扱う数学を刷新することにより新たな保安検査法を提案し,億単位の大幅なコスト削減に成功しました。製薬会社との共同研究では,創薬のシーズを見つけるための実験回数を数パーセントに減少する方法を新たに提案し様々な創薬に生かされています。
さて,1990年代後半から欧米では産業界の理論数学分野の博士号取得者雇用による成功事例が増え,現在も続いており,今や欧米の常識となっています。私の肌感覚ですが,経済的に骨太の国における成功例が多いと感じております。ドイツの大学院生やポスドクも何人か指導してきました。彼らは数学で博士号取得後,大学の他,一般企業に高給で就職され現在大活躍しておられます。肩書はITコンサルタントが多いのですが,実際はいろいろな業種にわたる企業内の課題を数学的に定式化し解決しておられます。大学准教授クラスの数学研究者を教授の年収の数倍で大企業が引き抜いた事例もあります。
欧米では数学出身者と,情報系出身者や物理学出身者の特徴の違いを生かした役割分担がうまくいっているようです。数学Dr.の一般的特徴は,やればできるとわかっている事やマニュアル化された事を正確かつ迅速にこなすことは苦手だが,どのようにすれば解決できるのか分からない課題の解法の基礎を築く事に向いています。ドイツでは,課題の奥に潜む数学を見出したり,数理モデルを構築したりする等の事を数学Dr.に任せ,それをもとに工学系や物理系等諸分野出身者がコンピューター上などに実装するというチームプレーがこの四半世紀に確立して今や常識化し,大きな成果を挙げてきました。
我が国では2000年代後半頃から文部科学省のご理解もあり,数学Dr.が産業界に就職する例は徐々には増えてきており,前述のようにホームラン級の成果の土台を構築しておられます。しかし金融系以外では数学Dr.と良く付き合って実装して成果を挙げていた数学出身以外の方が退職すると,その企業の数学研究の灯が続かなくなってしまう状況をしばしば目にします。数学研究では時間,文献と旅費が必要ですが,数学Dr.に情報系や物理系と同じ業務を課した上に,数学研究をも期待する日本企業は欧米に比べてかなり多いようです。むしろ1/5以上の勤務時間は自由な数学研究活動を許可する,学会参加など数学者ネットワークに常時参加できるようにして先端数学研究に常時接する事等は数学Dr.の才能発揮に必要です。数学研究者育成は現状の企業では簡単にできませんし,能力維持には持続的努力が必要です。また,工学系のいわゆるマイルストーン的計画を立てて進む方法は数学研究にはなかなか馴染みません。数学Dr.がいない企業で新たに導入する場合は,ある程度まとまった人数(4〜5人)の少しずつ異なる適切な数学分野出身者によるグループを作る等の工夫が必要です。企業内数学コンサルタントの様な分野横断型チーム構築も一案です。
数学研究の役割への社会一般の理解について欧州ではギリシャ時代からの長い蓄積があり,その土壌は我が国とは異なりますが,数学Dr.が企業においてその才能を伸びやかに開花させられる環境への理解が深まり,我が国の産業界が益々底力をつけていく事を祈っております。
非線形解析学を専門とし,偏微分方程式の数学解析とその科学技術諸分野への応用に取り組む。
1992年から2004年まで北海道大学教授を務め,2019年同名誉教授。2004年から2021年まで東京大学大学院数理科学研究科の教授を務め,2021年同名誉教授,同特任教授。
「数学研究」で2010年に紫綬褒章を受章,「非線形問題の数理解析」で2023年に日本数学会賞小平邦彦賞を受賞。
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