オランダといえば、きっと多くの方が「風車」を思い浮かべるだろう。「キンデルダイク=エルスハウトの風車網」は、オランダ国内最大規模の風車網。オランダ南部の町、風車の後ろに広がる牧草地キンデルダイクは、もとはライン河口の大湿地だった。18世紀前半に造られた19基の風車が、今も稼働している。
※このイラストはイメージです
オランダは干拓地を増やしつつ、国土を拡大してきた国だ。干拓地とは水深の浅い海や湖につながる河口部、湿原の低地に堤防を築き、運河を掘り、干潮時に水を排水することで開かれた陸地のこと。オランダ国土の4分の1はその干拓によって作られた土地なのだ。その歴史から「世界は神が創ったが、オランダはオランダ人が作った」と言われている。
彼らは、排水をはじめとする優れた治水技術を持っており、当初製粉用に使われていた風車を改良して、排水ポンプの動力源などにした。
国土の4分の1が海抜0メートル以下のオランダにとって、最大の敵は水害。キンデルダイクの干拓地では運河による排水を行っていたが、地面よりも高い運河に常に水を汲み上げなければならなかったり、度重なる洪水の被害にあったりなど、オランダの歴史は、まさに水との戦いだった。そこで19基の風車が建設された。
キンデルダイクの風車は、羽1枚が14メートルもある巨大なもの。屋根ごと回転ができるので、排水ポンプを使う際は風向きを見定め、羽を風に向ける。羽が回転すると、風車内の中心部にあるシャフトを経て、毎分1万リットルもの水が排水できるようになっている。このように風車を使って、干拓地にあふれた水を低い場所からかき出し、余分な水を堤防の外へ排出。水面の高さを維持した。
風車の役割は排水だけではなかった。製粉や油絞り、脱穀などにも利用され、彼らの生活に欠かせないものだった。内部は住居にもなっており、風車守という管理者が現在もメンテナンスをしながら暮らしている。年に何回かは実際に稼働する様子を見学することも可能だ。オランダ開拓時代をしのばせる風景。300年近く前の光景がここに残されている。
今では1,000基ほどしか残っていない風車は、かつて国内に1万基以上存在していた。近年こそ風力は地球に優しいクリーンなエネルギーとして注目を集めているが、18世紀後半の産業革命以降は蒸気式の揚水ポンプが発明され、その需要が高まっていった。蒸気エンジンの開発により、排水施設はポンプ場へ。1920年には、オランダ・アイセル湖畔の町にある世界最大規模の蒸気式ポンプ施設「Ir.D.F.ヴァウダヘマール」が完成。4基の蒸気エンジンが並ぶこのポンプ場は、1998年に世界遺産に登録されており、キンデルダイクの風車と同じくオランダの治水技術の象徴として今も活躍している。大雨など非常時に稼働し、毎分400万リットルもの水を湖に排出することができる。
オランダの歴史を知ることは、人と水の歴史を知ることにつながる。風車は、オランダの国づくりの記憶をとどめている。
蒸気式ポンプ施設「Ir.D.F.ヴァウダヘマール」のボイラー