藤枝 英樹*
岩元 雅信*
*
風水力機械カンパニー カスタムポンプ事業統括
CO2インジェクションポンプは,二酸化炭素(CO2)を油層に圧入し,原油を効率的に回収する石油増進回収法(EOR)のプロセスの一部として活躍しています。この際にエネルギー生産や産業で排出されるガスから回収される二酸化炭素が用いられる場合があり,二酸化炭素回収・貯蔵(CCS)としても期待されています。高圧ポンプの応用例としてCO2インジェクションポンプの役割や特徴を紹介します。
原油を地中から回収する方法として,地中から自噴によって得る一時回収では埋蔵量の約10%程度しか得られません。この一次回収後に,水(水攻法)や随伴ガスを地中に圧入し,原油を回収する二次回収があります 1)。さらに,熱攻法(蒸気),ガス攻法(二酸化炭素,窒素など),ケミカル攻法(ポリマーなど)と呼ばれるような,原油の粘性を低下させ,より回収しやすくする三次回収があります。この三次回収の総称が石油増進回収法(EOR: Enhanced Oil Recovery)です。
EORの一つの手法として着目されているのが,二酸化炭素と原油の性質を利用した炭酸ガス圧入攻法(CO2-EOR)です。
油層中に二酸化炭素を圧入することで,二酸化炭素が原油に溶解し,流動性を向上させて原油を回収することができます。
二酸化炭素を油層中に圧入するために,二酸化炭素を昇圧し,圧入用の井戸へ搬送する仕組みにCO2インジェクションポンプが使われています。
また,圧入される二酸化炭素には,発電所,天然ガスの精製,肥料生産などで排出されるガスから分離回収されたガスが使われ,原油が回収された空間に圧入された二酸化炭素の一部が残存し,油層中に貯蔵されることから,二酸化炭素回収・貯蔵(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)の一種とみなされています。
CO2-EORプロセスの概要や,特に二酸化炭素を昇圧する仕組み,及び当社が北米や中東に納入したCO2インジェクションポンプ(二重胴多段遠心ポンプ)を例に,その特徴を紹介します。
液化天然ガス製造プラントから回収した二酸化炭素を圧縮・昇圧して超臨界二酸化炭素とし,CO2パイプラインを通して圧入油井へ注入を行います。そして,原油回収油井から回収した原油をパイプラインを通して原油を処理するガス・オイル処理プラントに送り,原油を回収します(図1,2)。
図2の(1)から(7)で示す機器は,液化天然ガス製造プラントから油井へ二酸化炭素を注入するための主要機器です。CO2インジェクションポンプは,これら主要機器の1つです。次に,これら機能を説明します。
図1 CO<sub>2</sub>-EORプロセス模式図
図2 CO<sub>2</sub>-EORプロセスフロー
本プラントの最上流に設置されている多軸多段コンプレッサです。液化天然ガス製造プラントのガス製造過程で発生した二酸化炭素を気相から超臨界相まで圧縮昇圧します。
CO2コンプレッサによって断熱圧縮され,温度上昇した二酸化炭素を冷却し,当社製CO2インジェクションポンプによる昇圧が可能な温度まで冷却します。
GDU(Glycol Dehydration Unit若しくはGas Dehydration Unit)と呼ばれ,二酸化炭素に溶存している水分をトリエチレングリコールに吸収させて除去します。CO2コンプレッサの中央段から,超臨界相に達する前の二酸化炭素を本装置へとバイパスし,溶存水分をモル分率で0.01%近くまで除去してCO2コンプレッサ後段へ戻します。これによって,不慮の断熱膨張が発生した場合に溶存水分が固体化してパイプラインを閉塞するなどの不具合を防いでいます。
CO2コンプレッサによって超臨界相にまで昇圧された二酸化炭素を更に本ポンプで昇圧し,長いパイプラインの配管抵抗と地中圧力に打ち勝つための高い圧力を発生します。ポンプ前後の圧力差で表現すると,およそ13 MPaの高圧を発生します。
CO2インジェクションポンプによって断熱圧縮され,温度上昇した二酸化炭素の温度をパイプライン輸送に最適な温度に冷却します。
二酸化炭素回収プラントと原油の井戸元をつなぐパイプラインです。長さが約300 kmを超えるものもあります。
パイプラインを通って送られてきた二酸化炭素を圧入するための井戸と,二酸化炭素圧入によって粘度が低下することで,流動度が増加し,押し出されてくる原油を回収するための井戸の2つで構成されます。
超臨界二酸化炭素(ポイント解説参照)は圧縮性流体であるため,水のような常温で液体の非圧縮性流体を取り扱う場合の設計とは異なる設計的配慮が本ポンプには数多く盛り込まれています。
図3に示す高圧ポンプDCS型は,API610に準拠した非常に厳しい仕様要求に対応した当社のCO2インジェクションポンプです。高圧環境下でも信頼性の高い運用ができるよう,炭素鋼製外胴の二重胴型方式を採用しています。また,計11段の羽根車は同方向配列となっており,羽根車に発生するカップリング方向の軸方向スラスト荷重は,バランスピストンによってキャンセルされるようになっています。
羽根車径は超臨界二酸化炭素の熱力学的特性を考慮した計算に基づいて決定されており,ポンプ軸動力を流体のエンタルピ増加分として考えることによって性能を算出しています。
次に,超臨界二酸化炭素のような特殊な流体でも安全かつ安定した連続運転を可能とするため,軸封が重要な要素です。最新のポンプの軸封には運転中に摺動面が非接触となるドライガスシールを採用しています。
図4にポンプの外観写真を示します。
図3 CO<sub>2</sub>インジェクションポンプの断面図
図4 CO<sub>2</sub>インジェクションポンプの外観
二酸化炭素は臨界点(圧力7.4 MPa,温度31 ℃)を超えると,液体と気体の中間の特性をもつ超臨界流体という状態になります。超臨界二酸化炭素は圧縮性流体であるほか,密度が液体のように重く,粘度は気体に近くサラサラとしています。また,気体の拡散性,液体の溶解性を併せもつ特性があり,原油に溶解して流動性が増すことから原油回収に利用されます。
CO2インジェクションポンプは,超臨界二酸化炭素を扱うために,ポンプのオペレーションにも特徴があります。図5はCO2インジェクションポンプ周りの回路構成です。
図5 CO<sub>2</sub>インジェクションポンプ周りの構成
ポンプを起動する前に,パイプラインへの二酸化炭素充填をCO2コンプレッサの単独運転によって行います。パイプラインが空の状態のまま,ポンプによって昇圧された超臨界二酸化炭素を充填しようとすると,急激な断熱膨張によってドライアイスが発生し,パイプラインが閉塞してしまうためです。パイプライン全長によって異なりますが,約80kmのパイプラインの場合ではこの充填作業には2~3日を要します。
パイプライン圧力がある基準を超えたところで,ゆっくりとポンプ内部への充填及びベント(エア抜き)を行います。その後,通常の高圧ポンプと同様に吸込弁全開・吐出し弁全閉・ミニフロー弁開の状態でポンプを起動します。ポンプ起動後はミニフロー弁と吐出し弁の切換えをゆっくりと行います。急激な切換えを行うとドライアイスの発生によってパイプラインが閉塞してしまうおそれがあるためです。
ミニフロー弁と吐出し弁の切換え完了後,ようやく定常運転に入ります。定常運転に移行後は,通常の高圧ポンプと同様に流量・ヘッド・消費電力・軸受温度や軸振動等の運転データをモニタリングし,安定した状態であることを確認しながら運転します。
初めてドライガスシールを採用したCO2インジェクションポンプの現地試運転時には,困った現象がいくつか発生しましたが,社内外のエンジニアと共に何度も補機の調整と試運転を繰り返し,最後にはうまくいった時の喜びは忘れられません。また,特に印象的だったのは,高圧ポンプで超臨界二酸化炭素のような特殊な流体を扱うと,あるところは高温で,また別のところでは凍り付く,今まで見たことがない現象が起き,起動・運転の仕方も含めて非常に特殊なポンプであることを改めて実感しました。
地球温暖化や石油資源枯渇を受け,今後ますます高まっていくであろうCCS及びEOR技術に対して,当社は二酸化炭素の昇圧・搬送の役割を担うポンプのメーカとして,高純度の超臨界二酸化炭素を取り扱う多段高圧ポンプの設計,製造そして現地試験を通じてノウハウを蓄積し,貢献していく所存です。
1) 平成27年度地球温暖化対策技術普及等推進事業(メキシコ,陸上油田におけるCCSの可能性検討) 報告書,三井物産株式会社,株式会社三菱総合研究所.
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